アニメーション界のドリームチーム
本作の制作面で際立つ要素のひとつは、ヨーロッパのアニメーション界で超一流の人材と、ロサンゼルスの大手アニメーション・スタジオの才能豊かなベテランの両方を惹きつけたという点だ。ストーリー統括/脚本のボブ・パーシケッティはこれまでに、ディズニーでは『ノートルダムの鐘』『ムーラン』『ターザン』などを、ドリームワークスでは、『シュレック2』『モンスターVSエイリアン』『長ぐつをはいたネコ』などを手がけてきた。彼は、2012年初頭にオズボーンから電話で本作に誘われた日のことをよく覚えている。「ドリームワークス時代からマークを知ってはいたけれど、同じ映画で組んだことは一度もなかったので、僕は少数精鋭のストーリーボード・アーティストたちと一緒に、この映画のストーリーをマークと練るチャンスに飛びついたんだ」
パーシケッティによれば、監督のマーク・オズボーン、脚本のイリーナ・ブリヌル(『I Capture the Castle』『The Boxtrolls』)とのクリエイティブ面に関するミーティングは、主要キャラクターたちを見極め、それぞれの何がユニークで、何が特別なのかを具体的にしていくうえでとても役立ったそうだ。「それがこのプロセスのすばらしい点なんだよ」と彼は説明する。「最初の脚本が書かれた段階では、個々のキャラクターはまだ粗削りなダイヤの原石のようなものだ。だからそれを練っては磨き、練っては磨き……という作業を繰り返すたびに、一人ひとりのよりはっきりした姿が見えてくる。そうやって観客が一緒に旅を楽しんでくれるようなすばらしいキャラクターたちを創り出しながら、ストーリーをとても効率よく進めることができる。その結果、映画にとっての最高の脚本になるんだよ」
イギリス人脚本家のブリヌルは「この映画のための脚本を監督のマークと練るプロセスは、とても充実したコラボレーションだった」と言う。「彼はとても話しやすい人で、さまざまなアイデアを自由に言える雰囲気を創ってくれるの。たとえアイデア自体がひどいものでも、何らかの解決につながることもある。ロサンゼルスでアニメーション制作のアーティストたちと会ったとき、クリエイティブ面のアイデアが突然、いろいろな人からたくさん出てきたの。そういうのはものすごく役に立つ可能性がある。そして、それらのアイデアの中から最初の脚本を改善できると思えたものをいくつか採り入れることができたのよ」
「少女のころ、うちには『星の王子さま』が一冊あったので、あの本の雰囲気や挿絵をかなり鮮明に覚えているの」と語るブリヌルは、オスカー受賞作品『恋におちたシェイクスピア』の脚本にも関わった。「『星の王子さま』の挿絵は私たちの第一のインスピレーション源だった。そして、原作には主要なテーマがふたつあり、それらがとくにパワフルだった。ひとつは、『大切なものは目に見えない』というメッセージで、もうひとつは、大人になってもいかに子供の心をもち続けるかということよ。私たちは、一冊の本がひとりの子供にどのように大きな影響を与えるかを、キャラクターのひとりを通して描くのはいいアイデアだと気づいたの。それが私たちの出発点だった。そして、アーティストたちの手によるアートワークができてくるようになると、それは私たちがストーリーを練るのにとても役立ったわ」
本作のユニークな雰囲気と美術を創り出した主要アーティストのひとりは、ピクサーの『Mr. インクレディブル』『カールじいさんの空飛ぶ家』を手がけたことで知られるルー・ロマーノだ。彼は、本作に加わった理由を、原作の魅力に加えて、マーク・オズボーンと組めることがうれしかったからだと言う。ロマーノとオズボーンは、カリフォルニア芸術大学(通称“カルアーツ”)でクラスメートであり、学生時代に短編映画を何作か一緒に制作した。「僕はマークと組むのが大好きだし、彼が説明してくれたストーリーにとても興味をもった」とロマーノは言う。「僕がこの作品に加わったとき、すでに充分な数のデザインができていたんだ。それでマークが僕に頼んだのは、それらすべてをまとめ、しかも、僕自身のアイデアを盛り込む方法を見つけることだった」
本作の美術監督として、ロマーノは、ストップモーションとCGの両方において、デザイン、照明、色彩の点で、映画の視覚的な雰囲気の確立に協力した。「最初から原作というしっかりした枠組みがあったので、そこに映画としての照明や雰囲気を詰めていくのは、ゼロから始めるよりもやりやすかった」と彼は語る。
脚本を練るプロセスで、ストーリーはつねに進化していたが、ロマーノによれば、キャラクターそれぞれの世界のトーンがどうあるべきかについて、オズボーンは最初から明確にしていたそうだ。「飛行士の世界は暖かく、魔法のような魅力のある場所で、一方、女の子の世界は頑なで冷たく、より秩序正しい場所。僕がデザインするうえでいつも大事なのは、それを通して観客のどんな感情や感傷を引き起こしたいかという点なんだ」
ロマーノによれば、フィルムメーカーたちは小説「星の王子さま」に加え、フランス人の名匠ジャック・タチの『ぼくの伯父さん』『プレイタイム』といった映画も参考にしたそうだ。「それらの映画には、大人の世界をからかっているような、一種の風刺がある」とロマーノは考えながら言う。「タチはとても視覚的なストーリーテラーだったので、映画を観れば彼の思考がすぐに理解できるんだ。僕たちはまた、過去のストップモーション映画の傑作をたくさん観た。また、1950年代、60年代の近代的なデザインの影響が、このストーリーの現実の世界と、大人だけで構成されている惑星において見てとれる。どちらも、同じような種類の近代的な合理化と、単純な表面的な美しさがある。それとは対照的に、飛行士の世界は平坦ではなく、気まぐれな雰囲気がある」
共同美術のセリーヌ・デルモ(『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART 1』『Asterix: Le domaine des dieux』)は、CGとストップ・モーションの組み合わせによって、本作には、単純さ、美しい映像、そしてある種の素朴で子供らしい魅力が見事に混在するようになったと考える。「私は、原作の挿絵に最大限の敬意を払いたかったの」と彼女は言う。「これまで『星の王子さま』に基づいて創られた作品では、イラストのほとんどが、青い空と濃い青の背景で描かれているので、私は、『原作から受ける視覚的な印象を大切にしながらも、この映画でどうすればこれまでの作品と一線を画することができるかしら?』と考えたのよ。そしてまた原作のことを考えたら、最初に頭に浮かんだ色は白だったの。すべての絵が描かれている白いページ、黄色い星が点在する白い宇宙、白い背景にウォーターカラー・エフェクト(水彩画のように見せる手法)……。白と黄色は、私にとっても、制作チーム全員にとっても、大きな意味があるのよ。それは原作の挿絵を象徴するものだから。紙の色、砂丘の色、太陽、星たち。そのすべてを私たちは使いたかった。そして何よりも、それは“私たちの”色であり、“私たちの”映画の色だったから」
キャラクター・デザイナーとして名声を博しているピーター・デ・セヴにとって、本作は、十代のころに読んだ本をじっくり読み直すとてもいい機会だった。「昔読んだときは、ちゃんと理解していなかったと思うけど、今回はとても感動したよ。監督のマークからこの件で初めて電話をもらったとき、白状すると、僕はちょっと怖気づいたんだ。なにしろ、世界中の何百万もの人々の心にすでに刻み込まれたキャラクターたちを造形し直せと頼まれたんだからね。でも、マークの説明にとても興味を惹かれたし、彼はこの映画化にすごく情熱的だったので、きっと原作のよさを充分に生かせると思えた」
「アイス・エイジ」シリーズの人気キャラクターたちのデザインで有名なデ・セヴは、ディズニーの『ノートルダムの鐘』『ターザン』、ドリームワークスの『プリンス・オブ・エジプト』、ピクサーの『バグズ・ライフ』『ファインディング・ニモ 3D』など、メジャー・スタジオの大作アニメーション映画も手がけてきた。彼は、「星の王子さま」の本で、キャラクターたちはほとんど子供っぽく見えるような手法で、とてもシンプルに描かれていると語る。「あの挿絵からはいろいろな解釈をすることができたが、肝心なのは、サン=テグジュペリの絵の本質を僕がどれだけ具体的に捉えられるか、という点だった」
星の王子のキャラクター・デザインを決めるうえで、デ・セヴは、オズボーンに多くの選択肢を与えるために、できるだけたくさんのデザインを考えた。「デザインを考えるのがいちばん難しいキャラクターというのは、主役であることが多い」と彼は説明する。「とくにこの映画の場合、王子が誰で、どんな外見か、誰もが知っているからね。僕は、20から30点ぐらいの絵を描き、スカイプで打ち合わせをする前にマークに送ったんだ。彼は、王子の顔、体のバランス、衣装などのいろいろな側面を指摘し、僕らが望む構成要素に近づけるまで練った。僕は以前から、王子にはちょっと悲しげで、厭世的な雰囲気があると気づいていた。それは、子供が主役のアニメーション映画ではふつう見られない要素なんだよ。だから僕が描いた彼の絵の多くは、ちょっとばかりメランコリックな感じがするんだが、同時に、王子さまには好奇心旺盛なところや、魔法にかけられたような魅力もある。また、彼はささいな物事に美しさを見いだす人でもある。僕は彼を描くときに、そういう微妙な要素を盛り込もうと努力したんだ」
本作でアニメーション監修を務めたジェイソン・ブースは、本作の大きなチャレンジのひとつが、ある種のヨーロッパ特有の詩的な繊細さを、ストーリー展開の美観としてはより伝統的な要素と組み合わせることだったと語る。「これは親密なつながりを描いた映画だ」と言うブースは、これまでに、ディズニーの『リロ&スティッチ』、ピクサーの『カーズ』『レミーのおいしいレストラン』『カールじいさんの空飛ぶ家』などを手がけたアニメーターだ。「親密さがあふれる映画として、老いた飛行士と女の子の関係にしっかり説得力をもたせる必要があったんだ。スクリーン上でふたりが絆をもち、ゆっくりと友情を育んでいく様子を描くことが、重要なチャレンジだった」
ブースは、本作はアニメーション映画は必ずしも一定の型にはまる必要はないという証拠だと指摘する。「アニメーションだからといって型どおりである必要も、単純明快である必要もない」と彼は言う。「詩的で意味深くても、(従来のアニメ映画に対してのように)観客がキャラクターたちやストーリーに熱中するアニメーション映画になりうるということだよ。僕たちはこの作品で、アニメーション映画はこうあるべきだという定義の枠を超えることによって、アニメーションというフォーマットで表現できる可能性は無限にあることを証明できればと思っている」
#リトルプリンス
Follow
Share