ストーリーとの出会い

ツイ・ハークが梁羽生の武侠小説「七剣下天山」と出会ったのは、初版が刊行された1970年代。ストーリーの力強さと意外な展開に感動したツイ・ハークは、すぐにでも映像化したい衝動に駆られたという。「この小説は典型的な武侠ものという印象を受けますが、じつはもっともっと奥が深いんです」とツイ・ハークが説明する。「ほかの武侠小説とは決定的に違う。刀剣に関する描写に多くのページが割かれているんです。一本の剣が誕生し、個性を確立していくプロセス。使い手の精神力や思い入れが剣を変え、剣もまた使い手の成長に影響を与える。そんなエピソードが詳細に記述されていて、剣もひとつの文化だということがわかります。剣について深く掘り下げた武侠映画は過去になかったと思いますが、剣は武侠の魂です」

ツイ・ハークは続ける。「もう何年も映画化するにふさわしいストーリーを探してきました。幻想的でシュールな世界を映像化し、武侠の精神を忠実に伝えられるような、そんなストーリーを。で、ふと気づいたんです。探しているストーリーならすでにあるじゃないかと。梁羽生の原作のすばらしさは7人の剣士が心の旅を経て、それぞれの弱点を克服し、自分の可能性を発見するところ。やがて彼らは一致団結して、ひとつの強大な力となり、権力者の不正に立ち向かっていく。この物語はヒーローの在り方だけをテーマにしているのではない。ヒーローへのステップも描いているんです」

この名著を映画に翻案しようと決意したとたん、ツイ・ハークの頭には次々とビジュアルが浮かんできたという。「小説そのものが一本の長編映画のようなんです。志高き主人公が人間として成長していく過程、信義、数々の困難……そして、天山という舞台。この山はいにしえの時代と生き方を彷彿とさせてくれる存在なんです。和の精神や、人は信義のために私欲を捨てることができるというメッセージも全編を通して伝わってきます」

原作を脚色するにあたって、ツイ・ハーク自身も心の旅に出なくてはならなかった。梁羽生の原作に独自のビジョンをもたせるためだ。広く長く愛されてきたストーリーを翻案する怖さは、ツイ・ハークがいちばんよく知っている。これまでにも数多くの武侠文学を脚色してきたツイ・ハークは古典小説のエッセンスを見事に映像化し、観客と批評家をうならせてきた。

今回の脚本では、7人の剣士が一心同体になっていくプロセスを主軸としている。剣士一人ひとりが愛、友情、義侠心、平和への願いを原動力に、自分の中に眠っていた勇気と精神力に目覚めていく。原作者の梁羽生もこの脚本を絶賛。ツイ・ハークにとっては何よりのほうびとなった。

脚本家としても活躍する製作のマー・ジョンジュンもツイ・ハークの脚色に脱帽したひとり。「ツイは原作の持ち味を損なうことなく、独創的な脚本を練りあげました。梁羽生の世界をあますところなく再現、再構築してみせたんです。原作のハイライトや重要なエッセンスはすべて押さえてある。ラブストーリーと英雄伝だけでなく、メイン・キャラクターの人物像がうかがえるエピソードも可能な限り盛り込まれています」

新たなビジョン

2000年に公開されたアン・リー監督の『グリーン・デスティニー』は“武侠”と呼ばれる中国武術映画に新風を吹き込んだ。その幻想的でロマンチックな世界は、1960年代のキン・フー作品にも通じる。名匠と呼ばれたキン・フーは京劇の伝統技をヒントに優雅なアクション・シーンを演出。血と汗が飛び散るリアルな武術とは無縁の世界だ。近年では、チャン・イーモウ監督の『HERO』『LOVERS』も生々しい格闘スタイルとは距離を置いている。
ツイ・ハークもファンタジーにあふれる武侠映画──『蝶變』『スウォーズマン 剣士列伝』──を何本か撮ってきたが、一方で、リアルな格闘にこだわった武侠作品も手がけている。それだけに、このジャンルへの造詣は深い。
「武侠は立派な芸術文化。その歴史は長く、中国では文化の発展や価値観の多様化に重要な役割を果たしてきました」とツイ・ハークは語る。「武侠文学は日常を題材にしたフィクションで、正義、英雄、人間性をテーマにしているんです」

また、武侠が中国で愛されてきた理由については、「武侠作品はより良い社会、理想の世界に対するロマンをかきたてます。我々のなかから英雄が現われ、弱者を守り、正義を実現してくれる。英雄に求められるのは限界への挑戦と不断の勇気。常に希望と信念をもって、知恵や実力を発揮しなくてはなりません」
『セブンソード』は武侠映画の歴史に新たな1ページを加えるに違いない。この作品には7本の名刀がメイン・キャラクターとして登場する。近年、この手の作品にはワイヤースタント、視覚効果、CGIが多用されているが、本作はアクション映画の原点に立ち返り、本場の武術を実演で見せることにこだわった。
「既存のスタイルが使い古され、廃れたときが変化の始まりです。最近の映画に登場するヒーローはあまりに美化され、偶像化されていて、英雄というより滑稽に見えてしまいます」とツイ・ハークは嘆く。「そこで、フィクションの世界を新しい切り口で描こうと思いました。おとぎ話をもっと現実に近づけ、我々が共感できるヒーロー像を打ち出したかったんです。不死身ではなく、限界も弱点もある英雄を見せたい。そんな英雄が障害を乗り越えながら偉業を達成していく姿は、単純に偉業をなしとげるより、ずっとインパクトがあるはずです」

子供のころから英雄伝のファンだったというツイ・ハークは、「武侠は中国文化のなかでも特にすばらしい伝統だと思います。この作品では既存の型にとらわれず、武侠映画を新たな発想と視点で描きたい。観客のみなさんには新鮮な気持ちで楽しんでほしいし、武侠を知らない世代にもこの良き伝統を今までにないかたちで伝えていけたらと思います」

キャストとキャラクター

今回、ツイ・ハークが最重要課題と位置づけていたのはキャスティング。武侠特有の世界を表現するにはロケーション、美術、アクション演出も重要だが、登場人物に血が通わなければ何の意味もない。
「僕の場合、特定の役者を念頭に置きながらキャラクターの人物像を決めることが多いんですが、それでも今回は配役にたっぷり時間をかけました。どの役も最高の適任者に演じてほしかったんです」とツイ・ハークが明かす。「キャスティングを通して、自分のビジョンがより鮮明になりました。どういう映画にしたいのか、どんな個性の役者がこの役にふさわしいのか、ふさわしくないのか。特に今回は大所帯のキャストですから、さまざまなシーンを想定しながら、配役のバランスを考えました」

とりわけ、メイン・キャストの“7人の剣士”を選任する際にはバランスが大切だった。「この作品のテーマは団結力。7人の剣士が一丸となり、力を合わせて悪に立ち向かう姿を描いています。どの剣士も個性が強く、得手不得手もバラバラですが、そんな7人が結束することによって、互いの能力を引き出し合うんです」

香港アクション界の名優/名監督として知られるラウ・カーリョンはフー・チンジュ(傅青主/莫問剣)役に起用された。明王朝で処刑人をしていたフーは当時の己のおこないに罪の意識を感じている。風火連城が武荘を狙っていると知ったフーは天山の晦明大師に助けを乞い、それが“セブンソード(七剣)”の結成につながる。最年長のフーは、ほかの6人に比べて知恵も剣の腕前も上。セブンソードの“英知”であり、心の師として慕われる。「フー・チンジュは老練の剣士。人生経験が豊富で、剣術の達人でもある。ほかの剣士が一目置く存在です」とツイ・ハークが解説する。「奇遇なことに、ラウ師匠自身も映画界で一目置かれる存在なんです。50年以上も第一線で活躍し、武術や映画製作の知識と経験が豊富。スタッフはみんなラウ師匠を尊敬しています。まさに今回の役どころにピッタリですよ」

チュウ・チャオナン(楚昭南/由龍剣)に扮するのは、国際派アクション俳優としておなじみのドニー・イェン。近年ではチャン・イーモウ監督の『HERO』に出演して批評家の絶賛を集めた。今回演じるチュウは晦明大師の一番弟子。強気で自信にあふれた技巧派の剣士だ。不遇の幼少時代と放浪生活を経てきたせいか、世の中に漠然とした恨みを抱いており、感情が激しやすい。最もパワフルな剣を授かったチュウはおのずとセブンソードのリーダーとなり、“攻撃”の象徴となる。

出演を打診されたドニー・イェンは、ツイ・ハークと再び組めるとあって、その場で出演を快諾したという。ふたりが最後に組んだ作品は今から12年あまり前の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ〈外伝〉アイアンモンキー』(ツイ・ハーク製作、ユエン・ウーピン監督)。この一作でドニー・イェンは国際派スターの仲間入りを果たした。「ツイ・ハーク監督ともう一度仕事がしたいと思っていたんだけれど、なかなかいい作品が見つからなくてね」とドニー・イェン。「でも、今回の脚本を読んで、またとないチャンスだと思ったよ。こんなに衝撃的で感動的なストーリーは見たことがない。たいていの武侠作品は話の展開が単純で、主人公の剣士は報復か正義のために闘うことになっているけれど、今回は違う。愛、憎しみ、友情……人間のあらゆる感情が描かれているんだ。人間のあり方や生きる価値についても深く掘り下げている」

ドニー・イェンが出演を快諾した理由はツイ・ハーク以外にもある。今回の役どころに俳優として成長するチャンスを見たのである。「アクションを演じるぶんには問題ないと思ったよ。武術は物心ついたときからやってきたからね。でも、チュウのように奥の深いキャラクターを演じるのは初めての挑戦だった。チュウはワイルドで、つかみどころがなく、エネルギーをもてあましている。だから極端な行動に走ってしまうんだ。6人と一緒に天山を下りたのも、腕試しが目的。それまで培ってきた力を世の中に誇示するチャンスと考えたからなんだ。でも、自分が何をやり遂げたいのか、まるきりわかっていない。そんなチュウが愛や友情の本当の意味を知り、最後には自分自身を知るようになるんだ」

熱血漢のチュウ・チャオナンと対照的なのが、香港の人気俳優レオン・ライが演じるヤン・ユンツォン(楊雲驄/青幹剣)。ヤンの父親は反政府の地下組織“天地会”のメンバーで、新政権の転覆を密かに計画していた。ところが、裏切り者と間違われ、同志に殺されてしまう。その父が息を引き取る間際、息子に「仇は討つな」と言い遺した。そこでヤンは俗世を離れて天山にこもり、憎しみを忘れ、心の平穏を取り戻すことに努めてきたのだ。物静かで冷静なヤンは“防守”のシンボルである。
「当初ヤンは天山を離れることを渋る。静かな生活を続けていたかったんです」とツイ・ハーク。「その彼が下山することを決意したのは、仲間への忠誠と正義のため。ヤンをイメージしたとき、まず頭に浮かんだのがレオン・ライでした。ミスマッチな配役に思われるかもしれませんが、だからこそ、この役にふさわしいんです」

現代的な恋愛映画に数多く出演しているレオン・ライだが、今回の役どころで新境地を開拓した。「役者なら、毎回違うタイプの役を演じたいと思うのが当然じゃないかな」とレオン・ライは言う。「今まで武侠映画はおろか、アクション映画にすら出るチャンスがなかったからね。それに、ツイ・ハーク監督と組めるのも魅力だった。監督は武侠作品の第一人者。こんなチャンスは二度とめぐってこないと思ったよ」

レオン・ライが続ける。「このストーリーのいちばんの魅力は、キャラクターの葛藤や成長が克明に描かれているところ。英雄は、僕たち一人ひとりの中に存在している。どんなに平凡な人間でも、いざとなったら、英雄に変われるんだ。自分でも信じられないくらいの底力を発揮できるものなんだよ」

原作では男性だったウー・ユエンイン(武元英/天瀑剣)が本作ではヒロインとして登場。演じているのは守備範囲の広さで知られる香港の実力派女優チャーリー・ヤンだ。ウーは幼いころに親を亡くした純朴な村娘。極端に内気で、自分の可能性がどこに、どの程度あるのか知るよしもない。しかし、フー・チンジュと出会って自我を確立し、人生の意味や生きる目的を悟る。ウーは不安を乗り越え、自信をつけ、真の勇者となる。彼女が象徴するのは“平衡”だ。

殺陣を披露し、質素で素朴なヒロインを演じるチャーリー・ヤンだが、どちらもスクリーンでは見せたことのない一面だ。「アクション作品に出演するのは初めてだけど、昔からアクション俳優に憧れていたの」とチャーリー・ヤンが明かす。「あの人たちは複雑な殺陣を頭に入れながら、演技もきちんとこなすでしょう? 尊敬するわ」

チャーリー・ヤンが続ける。「ウーが変わっていく姿は昔の自分を見ているようだった。香港の映画界にデビューしたばかりのころは、どっちを向いたらいいのかさえわからなかったの。でも、フー・チンジュのおかげでウーの才能が開花したように、私はツイ・ハーク監督のおかげで迷子にならずにすんだ。映画界での自分の立場や、めざすべき方向がわかるようになったから。私にはウーの抱える悩みや不安がよくわかる。彼女が人間的に成長していくプロセスにも共感できたわ」

ハン・ジィパン(韓志邦/舎神剣)役には中国の人気俳優ルー・イーが起用された。誠実で情熱的なこの剣士は“毅然”を象徴する。ルー・イーが語る。「今回の話が来たときは天にも昇る気持ちだったよ。だって、馬にまたがって剣を交えるほど楽しいことってないじゃない?」

ハン・ジィパンはまさに、その“楽しいこと”を満喫させてくれる役どころだった。ハンは物心ついたときから馬に慣れ親しみ、7本のなかで最も重い剣を使いこなす。そんな役を演じるために、ルー・イーは誰よりもハードな訓練をこなさなくてはならなかった。「体力的にはきつかったけど、最初から最後まで楽しんでトレーニングできたよ」とルー・イーは語る。
台湾映画のヒット作『Formula 17(原題:十七歳的天空)』に主演するダンカン・チョウと、台湾出身の京劇俳優ダイ・リーウーはムーラン(穆郎/日月剣)とシン・ロンヅ(辛龍子/競星剣)をそれぞれ演じている。ふたりのキャラクターはじつに対照的だ。ムーランは“希望”を象徴し、陽気で外交的で常に前向き。一方のシン・ロンヅは狼に育てられた孤高の剣士で、“犠牲”のシンボル。作中では、そんなふたりが固い絆を育んでいくが、それを演じる新進俳優ふたりも固い友情で結ばれたようだ。

ダンカン・チョウが語る。「ダイ・リーウーは8歳のときから京劇をやっていて、アクションのツボを心得ているんだ。撮影中は教わることが多かったよ」。それに対してダイ・リーウーは、「シンは冷たそうに見えて、じつは温かい心の持ち主。本当の僕はムーラン・タイプで、むしろダンカンのほうがシンに近いんじゃないかな。ダンカンと共演するのはおもしろかったよ」

7人の剣士のキャスティングが終わったところで、ツイ・ハークにはもうひとつの難題が待ち構えていた。悪役の風火連城の選任である。
「風火連城は平気で人を踏み台にするビジネスマンと同じ。何をするにも、自分が生き残ることを第一に考えるんです。そのためには罪のない人たちを傷つけることもいとわない」とツイ・ハークが説明する。「自分にプライドもなく、今の仕事に満足しているわけでもないけれど、社会の必要悪として存在している。つまり、風火連城は時代の流れに身を任せているにすぎないんですよ」

一筋縄ではいかない風火連城役に抜擢されたのは、中国を代表する名優スン・ホンレイ。近作『たまゆらの女(ルビ:ひと)』ではコン・リーと共演して話題を呼んだ。 「じつを言うと、武侠映画には偏見があったんだ。どうも現実離れしている気がしてね」とスン・ホンレイが明かす。「けれども、今回の脚本を読んで一遇千載のチャンスだと思ったよ。風火連城はまさに待ち望んでいた役どころだったんだ。これまで数多くの悪役を演じてきたけれど、風火連城はそのどれとも違っている。一見すると、色と欲に目がくらんだ典型的な悪者という感じだけれど、一皮むけば、複雑な事情を抱えた奥の深いキャラクターなんだよ」

スン・ホンレイが続ける。「風火連城はじつに寂しい、あわれなやつさ。本当は純真なところもあるのに、いくつもの仮面をかぶっている。自分には何が足りなくて、何が必要なのか、まるでわかっていないんだ。だから、心の穴を富と権力で埋めようとする。悲しいことに、風火連城が本当に望んでいるのはもっと単純なもの。やつは愛と友情に飢えているんだ。でも金で買えないから、どうやって手に入れたらいいかわからない。その二つさえ手に入れば、ああいう男にはならなかったかもしれないね」

メイン・キャストに加え、数多くの一流俳優、新進俳優が脇を固めている。故郷の村が略奪に遭い、風火連城の奴隷となる悲劇の緑珠(ルビ:リュイジュ)を韓国の人気女優キム・ソヨンが熱演。天地会の指導者の娘で気丈な学校教師の劉郁芳(ルビ:リィウ・ユィファン)には新人女優のチャン・ジンチューが扮する。また、ベテラン俳優のバイ・ピアオが天地会の指導者・劉精一(ルビ:リウ・ジンイー)を、アクション俳優のチー・クワンチュンがリウ・ジンイーの腹心である丘東洛(ルビ:チィウ・トンルオ)を好演している。

アクション

武侠の世界でもっとも重要な武器は刀剣。刀剣は瞬時のうちに最小の動きで最大の威力を発揮する。刃渡りが長く、握り方ひとつで角度や攻撃力が変わるため、動きを読むのが難しい。そこが、重さや長さによって殺傷力が決まるほかの武器とは決定的に違うところだ。また、剣士の技量はその人柄と密接に関連する。寛容で気高い剣士なら、王者のように刀剣を使いこなすだろう。刀剣が“武器の王者”といわれるゆえんだ。 『セブンソード』の剣術アクションは、前例のない複雑な殺陣を必要とする。ツイ・ハークはこの一作で武侠アクションのイメージを一新しようと考え、優秀なアクション・チームを結成することにした。真っ先に思い浮かべたのは、本作でフー・チンジュを演じるアクション映画界の重鎮ラウ・カーリョンだった。「ラウ師匠とは旧知の仲で、昔から大ファンでした」とツイ・ハーク。「本場のクンフー・ファイトなら、ラウ師匠に任せるのがいちばんです」

仕事仲間から“ラウ師匠”と慕われ、同年代の映像作家には“生きる伝説”と呼ばれるラウ・カーリョンは、香港映画界の発展に大きく貢献してきた。1960〜80年代にかけて無敵のヒットメーカーとして君臨。53年に及ぶキャリアのなかで400本余りの映画作品を手がけている。武術に関してもあらゆる流派と様式に精通し、その経験知識を自作に生かしてきた。映画会社ショウ・ブラザースの専属だったチャン・チェ監督と長年にわたって組み、1970年代に監督業に進出し、『少林寺三十六房』などの名作を次々と発表。そのベテランが今回のアクション演出について、「映画人生のなかで、これほどハードな仕事はなかったと思います。俳優たちを鍛えるだけでなく、スタントマンにも武術の稽古を一からやり直してもらいました」と打ち明ける。

ラウ・カーリョン率いるアクション・チームにはベテランの武術演出家ホン・ヤンヤンとトン・ワイが参加した。 「今回は、本場の武術をファイト・シーンに採り入れました。実戦さながらの切れのいいアクションをお見せできると思います」とホン・ヤンヤンが語る(ツイ・ハーク作品に参加するのは今度で14回目)。「登場人物はみな武術の名手という設定ですが、それでも身ひとつでできることには限界がある。その点を考慮しながら、人間の身体能力を超えるような演出は避けました」

ホン・ヤンヤンはまた、「剣にはそれぞれ個性がありますが、使い手が変われば、剣の表情や威力もまた変わる。そこが今回の難題でした。例えば、由龍剣はシャープでしなやかな剣ですが、持ち主のチュウ・チャオナンが握ると神秘的な力が加わるんです。目にも止まらぬ速さで相手に襲いかかり、しかも、相手に動きを読ませない。その由龍剣を風火連城が手にするシーンがあるんですが、風火連城が握ると違う表情を見せるんです。風火連城は由龍剣を世界一パワフルな刀剣とみなし、それを持ったとたん、醜い本性をむき出しにします。無敵の王者にでもなったつもりなんでしょう。風火連城が握る由龍剣もシャープで力強いんですが……動きが読めてしまうんです」

ツイ・ハークがまとめる。「観客には今までにない映像体験をしてほしい。武侠の世界やその登場人物たちを新鮮に感じていただければ本望です」。ラウ・カーリョンが言葉を添える。「今回は視覚効果に頼らなかったぶん、アクション・シーンの演出や準備には念を入れました。原点に返ったことで、武術本来のすばらしさを堪能していただけると思います」

ロケーションと美術

主な舞台となる3つのロケーションを求めて、ツイ・ハーク率いるロケハン隊は中国西北部の新疆(シンジャン)に出向いた。本作に登場する天山は新疆に実在する山。そこで、武荘と天門屯要塞のセットもこの地に建設することにしたのだ。ロケハン隊は数カ月がかりで新疆の広大な地を歩きまわり、原作のイメージに合うロケーションを探し求めた。

新疆の首都ウルムチの郊外にある米泉市に入った一行は、その一角に広がる未開の地に目を留めた。そこはツイ・ハークが望んでいたとおりのロケーション。それ以上にスタッフを感激させたのは、農耕時代にタイムトリップしたかのような土地柄だった。その地では今なお、大地に根ざした素朴で原始的な生活が営まれている。新疆の奥地は文明とは無縁の、自給自足の世界。めまぐるしく変化する気候や自然にも適応しなくてはならない。そこはまさしく武荘という集落を構築するのにうってつけの場所だった。さらに一行は風火連城の牙城の建設地を探し歩き、トルファンの大馬営に行き当たる。周囲にはゴビ砂漠が広がっていた。「武荘はのどかな農村ですが、風火連城の牙城である天門屯要塞はその正反対。砂漠での暮らしは楽ではありません。その過酷な環境にセットを建設することで、要塞の厳しく殺伐とした雰囲気を出しました」とツイ・ハークは説明する。

数多くの受賞歴を誇る美術デザイナーのエディ・ウォンは最果ての地にセットをしつらえるという難業をこなした。「武荘については素朴で平和な雰囲気を前面に出し、新疆に伝わる生活の知恵もデザインに採り入れました」とエディ・ウォンが語る。「武荘のセットは生活の場として機能しなくてはなりませんから、細かい点にまで気を配りました。一方の天門屯要塞には、ぬしである風火連城の冷血ぶりを代弁させなくてはなりません。そこで黒とすすけた茶を基調にし、サビついた雰囲気を出して“欲望の城”にふさわしい外観に仕上げました。この要塞は、のどかで緑あふれる武荘とは対照的。人間のいちばん醜い部分を象徴しているんです」

7本の剣

言い伝えによると、晦明大師は俗世を捨てて天山に入り、隠遁生活を送ってきたという。長年の山暮らしを経て偉大な刀工となった大師は7種の宝刀を完成させる。その7本とは、莫問剣、由龍剣、青幹剣、競星剣、日月剣、舎神剣、天瀑剣。どの剣も晦明大師が天山入りしてからの時間と心の変遷を反映し、それぞれに違う意味合いをもつ。

フー・チンジュの“莫問剣”
長くしなやかな漆黒の剣。その動きは変幻自在で、まったく予想がつかない。この剣の扱いには戦略が必要。独特のオーラを放ち、人命をたやすく奪うことはない。使い手には英知と目的意識が求められる。非常に大きな存在感があり、空を切っただけで、エアガンのように相手にダメージを与えることが可能。ほこりや雨粒が舞っているときは、さらにパワーアップする。

チュウ・チャオナンの“由龍剣”
天下でもっとも鋭利な剣。金と銅でできており、しなる切先が特徴。柔軟な刀身をコントロールしやすくするため、柄は球形になっている。切れ味の良さは群を抜いており、相手の剣を切断するときは相当な反動が返ってくることを覚悟すべきだろう。その反動を柄に仕込まれた小さな球が吸収してくれる。 相手の剣に当たるたび、鋭い音を響かせ、近くの剣を断ち切るほどの振動を伝える。鞘から引き抜くだけでも、相手の剣を振るい落とすほどの衝撃を与えるのだ。

ヤン・ユンツォンの“青幹剣”
晦明大師が作った最後の剣で、隕石を練成して誕生した剣。ブロンズのような趣があり、ざらついた表面が光を反射する。鋼の粒子をちりばめた三角形の反射体が刀身についており、振り下ろすたびに七色の光を放つ。見た目は無骨だが、どんな鋭利な刀剣でも跳ね返すことが可能。防衛用の戦闘ツールとしては世界最高レベルで、由龍剣さえ制することができる。わずかな光にも反応し、輝きを放つ。敵はそのまばゆさに目がくらみ、隙をつくってしまう。

シン・ロンヅの“競星剣”
両手で扱う双手剣の一種。柄の部分に鋼糸の総(ルビ:ふさ)がつき、総の先には星形の小さな鉄の珠がついている。攻守に強い刀剣で、総の部分も攻撃と防御の両方に使える。ブーメランのように放ることもでき、普段はふところにおさめておく。この剣は、晦明大師がシン・ロンヅのためを思って特別に作ったもの。鉄の星は、暴走しがちなシンをいさめるためにしつらえた。シンが節度を守って戦っている限り、星は味方になってくれる。しかしシンの行動が常軌を逸したとき、星はシンに当たり、戒めとなるのだ。天門屯要塞の一戦では、星が暴走するシンを攻撃し続ける。しかし、シンが戦い方を改めると、頼もしい武器に変化。シンが剣を手前に引くと、ふたつの星が敵の腕にからみつく。

ムーランの“日月剣”
七剣のなかでもっともまばゆい光を放つ。戦闘に用いると、さらに輝きが増す。長短ふたつの剣が対になっており、攻撃に適している。敵にぎりぎりまで接近し、両方の剣を交互にも同時にも繰り出して使える。広範囲にわたる剣さばきが可能で、両剣の位置・重心がたえまなく変化する。

ハン・ジィパンの“舎神剣”
山を切りひらくこともできる特大級の剣。破壊的な攻撃力を備え、新生、質素、屈強を象徴する。晦明大師が天山を開山するとき、一番最初に作ったのがこの剣である。使い手の怒りを伝える刀剣ではあるが、活力に満ちている。由龍剣とは対照的な個性をもつ。究極の切れ味を誇る由龍剣でも、舎神剣のいちばん厚みのある部分を切断するには3回斬りつけなくてはならない。

ウー・ユエンインの“天瀑剣”
天山に入って6年目、晦明大師は刀工として隠遁生活を送ってきた。その間、種類や機能の異なる刀剣を1000本あまり完成させてきたが、名実ともに天瀑剣に勝るものはない。ある日、大師はいつものように遠くの雲と山々を眺めていた。すると突然、ひと筋の雲が細い滝のように空を流れ落ち、大空に鮮明な線を描いた。それを見た大師は舎神剣の未熟さに気づき、その形状も魂も発展途上であることを悟る。舎神剣を改良するため、大師は100本の剣を溶かして型をとり、そこから天瀑剣を生み出したのである。

“武侠”とは──

中国武術の創作ものにおいて中核をなす言葉であり、「武」と「侠」の2語からなる。「武」は雄壮な精神を表す。「侠」とは義を志す人物、あるいは修行に身を置く剣士を意味する。つまり“武侠”とは「武をもって高きを目指す生き様」を表す。

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