

崩れ去った文明の灰の中から、のし上がってきたのはグラディエーター型の格闘が支配する世界。兵器を使った戦いに代わり、全世界の支配権をめぐって非情な格闘家たちが熾烈な戦いを繰り広げる。そして今、史上最大のトーナメントの場で、ひとりの若き格闘家がその宿命を受け入れ、王者になろうとする。
いわゆる文明社会が破壊されたあと、世界は理想郷ならぬ暗黒郷と化し、巨大な権力をもついくつかの財閥に支配されている。アメリカは、首都TEKKENシティに本拠を置く強力な三島財閥とその総帥である三島平八(ケイリー=ヒロユキ・タガワ)の全体主義的な指揮下にある。首都を囲む塀の外にいる者たちは、資源が乏しい過酷な環境で、落伍者として恐怖と絶望のどん底に追い詰められ、ただその日を生き延びることに必死だ。その貧困からのし上がろうとしているのが風間仁(ジョン・フー)。母の準(タムリン・トミタ)を殺した男に報復することだけを生き甲斐にしている彼が、それを果たすためには世界最強の格闘家たちを破り、“The King of Iron Fist Tournament”で優勝しなければならない。しかし、その戦いを通して仁は母が彼に隠そうとしていたつらい過去を知ることになるだけでなく、将来的に自分を破滅に導くかもしれない事態にも直面することになる。
本作の監督はドワイト・リトル(『オペラ座の怪人』『Deep Blue』)、脚本はアラン・B・マッケルロイ(『スポーン』『ネバー・サレンダー 肉弾凶器』)。クリスタル・スカイ・ピクチャーズの資金提供により、同社のベネディクト・カーバーとスティーブン・ポールが製作、ダニエル・ダイアモンドとスコット・キャロルが製作総指揮を担当。日本配給はワーナー・ブラザース映画。


「鉄拳は秩序である」と、本作の中でケイリー=ヒロユキ・タガワ扮する三島平八は語る。実際の「鉄拳」は世界でもっとも人気のあるゲームのひとつであり、それを映画化することは簡単だと思うだろうが、決してそうではなかった。「私はこの映画の実現に7年間を費やした」と製作のスティーブン・ポールは言う。「数えきれないほどの脚本、さまざまな描き方……。(脚本の)アランと(監督の)ドワイトのアプローチで際立っていたのは、その心情描写だった。そこには、すばらしい能力をもってはいるが、ごく普通の若者である仁が、自分自身を、自分の過去を、そして母親との関係についてを、ほんとうの意味において理解していく様子が描かれていた」
ストーリーが定まり、監督にドワイト・リトルが決まると、フィルムメーカーたちは、ゲーム「鉄拳」に基づく映画としてもっとも重要な課題のひとつに取り掛かった。それは“格闘”である。「我々はそれを絶対にリアルなものにしたかった。それが『鉄拳』ファンが期待することであり、我々が目指すものだったからだ」と製作総指揮のスコット・キャロルは言う。その彼がいる場所は、総合格闘技団体UFCの格闘家ロジャー・フエルタとレスリング・セッションをおこなっている稽古場。
フエルタとキャロルの動きをじっくり見守るのはアクション監督のシリル・ラファエリ。「トランスポーター」シリーズではリュック・ベッソンと組んだラファエリは、持ち味である激しい格闘スタイルを本作に持ち込んだ。「『鉄拳』は誰もが知っているゲームであり、武術、キックボクシング、ムエタイ、カポエイラ、カンフーなど、さまざまな要素が入っている。それを全部使えるんだから、僕にとってはとても楽しいよ」
「シリルのような奴がアクション監督を務めるなら、それなりの“道具”を与えないとね」と製作総指揮のカーステン・ローレンツは言う。「だから、カン・リー(ストライクフォース世界ミドル級王者)、ロジャー・フエルタ(UFC格闘家)、アントン・カサボフ(テコンドー世界王者)、さらにはアクションを得意とする俳優ラティーフ・クロウダー、ゲイリー・ダニエルズなどをキャストに起用した。彼らにバーで出くわして、ケンカすることになった奴がいたら気の毒だよ」
「僕たちはとにかく格闘をリアルにしたかった。観客には違いが分かるからね」と言う監督のリトルは、『ラピッド・ファイアー』で故ブランドン・リーと組んだ。しかし、壮大な格闘シーンに優れた格闘家たちを起用するだけでは、課題の半分を終えただけ。このストーリーの成否を担い、多くの格闘シーンをこなさなければならないのは主役の仁を演じる若い格闘家なのだ。キャスティング・ディレクターのケリー・マーティン・ワグナーは、まずハリウッドの若いアジア系俳優を片っ端からオーディションに参加させ、次にニューヨークでも同じことをしたが、それでも適任者は見つからなかった。
そして、ワグナーたちはバンコクでジョン・フーという俳優を見つけた。イギリス人であるフーは当時バンコクに滞在し、国際的に活躍するタイ人アクション俳優トニー・ジャーと共演していた。「あのころ僕はバンコクへ飛び、映画の撮影現場を調べて出向き、仕事はないか聞いて回っていたんだ。そうしたら、何かやってみろと言われたので、キックとか、ちょっとした動きとかをやったんだけど、気づいたときには、タイ映画『トム・ヤム・クン!』でトニーと格闘シーンを演じていたよ」
バンコクから呼ばれたジョンがカメラ・テストを受けたのは、長距離フライトのあとで、それこそ4分ぐらいしか眠っていなかったときだったが、それでも彼には特別な“何か”があった。それは彼の見事な跳び蹴りだったかもしれない。ほとんどの格闘家でさえワイヤーなしではやらないし、普通の俳優ならスタントマンにやってもらうような高度な技術を必要とする跳び蹴りだった。
「いくつかのスタントでは、僕らがジョンを止めなきゃならなかった。保険上の理由で、俳優をビルからジャンプさせるわけにはいかないんだが、ジョンは自分でやりたがったんだ」と、スタント・コーディネーターのエリック・ノリスは苦笑する。彼の父でアクション・スターのチャック・ノリスが映画におけるアクションと格闘技についての本を書いていることもあり、彼はアクション俳優の扱い方には詳しい。その証拠に、何日もアクション・シーンだけの撮影が続いたにもかかわらず、ラファエリとノリスは俳優たちにケガをさせなかった。唯一の例外が、ジョン・フーのキックを受けたカン・リーで、彼は何針か縫ったものの、自分の出番をきちんとこなした。「カン・リーはタフでクールで、ほんとうのプロだよ」とロレンツは称賛する。
本作の撮影は、すべてのパズルの駒がそろい、キャスト、スタッフの準備も万全となった2007年初頭に米ルイジアナ州シュリーブポートで始まった。