PRODUCTION NOTES
原作者の信頼を得て目指した、
人間ドラマ
「ブルーピリオド」が実写映画となって登場。関口大輔、豊福陽子、近藤多聞のプロデューサー陣は「勇気を与える作品」として原作に強烈に惹かれたことが、企画のスタートだと振り返る。
「コスパ・タイパ重視で生きてきた今日的な主人公が、1枚の絵に出合ったことで心に火を灯していく。その変容していく姿が心に刺さった」(近藤)というように、主人公が未知なる世界へと突き進んでいく姿は多くの読者を魅了した。また八虎が目指す藝大は超難関で「才能がある人だけが行ける場所」と思われがちだが、彼は「自分は天才ではない。それならば天才と見分けがつかなくなるまで努力するしかない」と食らいついていく。何度も自信を失いながらも立ちあがろうとするその奮闘は、「自分にも何かできるかもしれない」「一歩踏み出してみよう」と勇気を与えてくれるものだ。実写映画として、よりたくさんの人に届けたいー。制作陣からの愛を受け取った原作者の山口つばさの信頼と快諾を得て、映画化に向けて走り出した。
実写化する上で、制作チームの大きな支えとなった山口からの言葉がある。キャラクターについて「山口先生が『無理に原作に寄せようとするよりも、実在する人物としてのリアリティを大切にしてください』とおっしゃってくれた」(豊福)と感謝するように、今を生きる人と同じ地平に立つキャラクターが息づく映画を作る。山口との方向性を確認したことで、勢いも加速。衣裳やヘアメイクも「原作ファンを裏切らないものに」という意気込みと共に、「コスプレにしない」ことが大原則となった。
大きなチャレンジとなったのが、“絵を描く”というアクションを映画で魅せるためにはどうしたらよいか?という課題だ。メガホンは、VFX演出とみずみずしい青春劇で定評のある萩原健太郎監督に託された。役者が実際に絵の練習をしたことで生まれる、アナログの手触り感。そこにVFXを使った絵画表現が融合することで、“絵を描く”過程をエンタメへと昇華させる。新たな価値観を提供する、人間ドラマを目指してあらゆる力が注がれた。
若手実力派が集結。
叶った理想的なキャスティング
八虎役に抜擢されたのは、眞栄田郷敦。決め手となったのは、彼の“目”だ。近藤が「無気力で、そつなく生きていくことを念頭に置いている美術に出合うまでの八虎の目も、美術と出合ってから情熱をみなぎらせていく目も表現できる」と話すように、映画冒頭とラストで八虎はまったく違う目をしており、その変化にも注目だ。
眞栄田は、クランクインの約半年前から絵の練習をスタートさせた。指導は藝大受験のレジェンドとも言われる、新宿美術学院の講師・海老澤功が担当。開始当初から眞栄田はずば抜けたセンスと集中力を発揮して、講師陣を驚かせた。また後半の海のシーンにおいて八虎が転ぶ瞬間があるが、これはキャラクターの必死さを表すために眞栄田が提案したもの。スタッフ、キャストとの意見交換を何よりも大切にする萩原監督のもと、いろいろなアイデアが飛び交っていたのも印象的で、眞栄田は撮影の合間にも台本を読み込み、八虎らしさを込めるために監督と会話を重ねていた。ストイックであると同時に、誰とも柔らかな笑顔で接する彼の人柄は、現場の大きな推進力となっていた。ちなみにこの海のシーンは、八虎とユカちゃん(鮎川龍二)がお互いに殻を破る場面。眞栄田と高橋が本気でぶつかり合い、その場を圧倒するような空気感を生み出しながら2人の特別な関係性をスクリーンに刻み込んだ。
八虎の同級生・ユカちゃん役を演じたのは、高橋文哉。自分のアイデンティティを模索中のキャラクターであり「クエスチョニングな部分まで演じてくれる」と期待を寄せられた高橋は、演じるために、8キロの減量と脱毛を実行。日常生活でもヒールを履いて内股で過ごしてみたり、ユカちゃんの香りを決めて香水を身につけたり、ネイルを施してみたりと熱心に研究に勤しみ、撮影のない日も「ユカちゃんだったらどう過ごしているだろう」と所作を含め、内面まで掘り下げた。
八虎のライバルとなる世田介役に、板垣李光人。原作の大ファンでもあり、自身もデジタルアートの作品を手掛けるなどアーティスト気質な部分が、天才キャラの世田介にピタリとハマった。原作の世田介には両目の下にホクロがあるのだが、板垣も右目下にホクロがあり、劇中では左目下にホクロを描いて、原作そっくりの世田介がお目見え。「どうしたら天才に見えるか?」と細部まで気を配り、絵画指導者から「鉛筆の持ち方も絶妙に天才っぽい」と褒められる場面もあった。八虎のミューズ的存在となる森先輩役に扮するのは、桜田ひより。「森先輩ならではの神々しさを持っている方は誰か、と考えた時に、桜田さんのことが思い浮かびました」(近藤)と実写化するならば彼らしかいないと思える理想的なキャスティングが叶い、キャラクターの成長を体現した。
随所に込められた本物の迫力
本物の熱気や迫力を込めるために、絵を描く手元やシーンに吹替えを一切使用しないことにこだわった。眞栄田の指導を海老澤が、板垣と桜田の指導は、かねて山口つばさと親交があり、原作にも絵を提供している川田龍が担った。海老澤と川田は、撮影中も絵のシーンがある日には欠かさず現場に駆けつけ、役者たちは絵を描く姿勢、画材の扱い方、筆の持ち方、走らせ方など、絵描きが見てもしっくりくるものになるまで猛特訓。海老澤や川田が「違和感がない」と太鼓判を押すまでのレベルに到達した。
クランクインの1週間前には、萩原監督の提案で各自が役の扮装をして絵の合同練習をする機会が設けられた。その際には原作者の山口も現場を訪れており、「八虎たちが目の前に現れたようで、夢のようです」と喜びつつ、役者たちが熱心に真剣に、生き生きと描いている姿と、そうして描きあがった個性溢れる見事な絵に、惚れ惚れとしていた。彼らの努力が実ったような瞬間だ。役者たちに同志感も生まれ、「練習を積み重ねながら、自らの手で描いているからこそ絵に向き合う表情が本物になる。ほとばしる情熱までが作品に映し出された」(関口)と吹替えナシで取り組んだ成果は、予想以上のものだった。
役者の本物の表情と共に大きな見どころとなるのが、原作に登場する絵をベースにしたたくさんの本物の絵が登場すること。基本的には、原作と同じ作家に参加をお願いして絵を描いてもらっている。加えて、海老澤と川田のアドバイスを受けながら「このキャラクターならば、こういう絵を描く」とキャラクターの個性も加味して、役者と描き手、演出部を交えた話し合いをして、絵に反映させていった。たとえば「八虎が前半で描く絵は下手に見えるものを用意する必要があり、そこから段階を踏んで、上達の過程が垣間見えるような絵を、数ブロックに分けて用意しました」(近藤)というように、絵からも八虎の成長が感じられる。八虎が絵の面白さに目覚めるきっかけとなる「天使の絵」も息を呑むような美しさで、この1枚を前にした眞栄田と桜田も「身が引き締まる思いがした」と告白。本物の迫力が、芝居にもいい影響を与えた。最終的に揃った絵は、なんと401枚。74人ものアーティストが協力して、「ブルーピリオド」に欠かせない要素を構築した。ちなみに豊かな感性を発揮した眞栄田の絵は、劇中でも採用されている。
原作のモデルとなった予備校でもある新宿美術学院、武蔵野美術大学など、本物の場所を使用して撮影が行われた。床に残る鉛筆や絵の具の跡にも、美術に打ち込む人々の苦悩や喜びがにじんでいる。また本物の手触り感に、VFXが融合することで本作はさらなる進化を遂げている。渋谷の空に八虎がふわりと浮かび上がるシーンは、これから新たな世界が広がっていくワクワク感に満ちた一幕。VFXを担当した巻田勇輔は「皆さんの見知った渋谷の風景が少し違って見えるとうれしい」と吐露。八虎が「自分にとっての縁とは、金属のようだ」と閃くバスの場面もインパクトがあり、同じくVFXの太田貴寛(共にKASSEN)は「眞栄田を3Dスキャンしてデジタルデータにし、手にまとわりつく金属や体が金属になって熱せられていく表現に使用しています」とコメント。八虎の高揚感まで、VFXで具現化してみせた。
八虎が情熱を武器に前に進んでいくように、本作の現場ではスタッフ、キャストの誰もが諦めずに、ディスカッションを繰り返してものづくりに挑んでいた。クライマックスでキャンバスに向かう八虎の清々しい笑顔には、なにかに本気で取り組むこと、夢を追いかけることの素晴らしさがたっぷりと詰まっている。