映画『クライ・マッチョ』

2022年1月14日(金)公開

監督デビュー50周年記念作品。クリント・イーストウッドの集大成かつ新境地―。

勇気、希望、友情、そして愛… これまで数々の人生を描いてきたイーストウッドの名台詞 文=芝山幹郎(評論家・翻訳家)

『クライ・マッチョ』のなかで、クリント・イーストウッドの扮するマイク・マイロが、少年ラフォに向かってこんな台詞を吐く場面がある。字幕ではこうなっていた。「人は自分をマッチョに見せたがる。……すべての答えを知ってる気になるが、老いと共に無知な自分を知る。気づいた時は手遅れなんだ」
イーストウッドの好みそうな台詞だ。昔から、映画のなかの彼はいくつも名台詞を吐いてきた。だれもが知っているのは、『ダーティハリー4』(1983)の「Go ahead, make my day.(撃ってみろ。望むところだ)」の一行だろう。タフガイの役が多かったせいか、初期のイーストウッドには勇ましい台詞が多い。だが、年齢を重ねるにつれて、もっと陰翳の深い台詞を口にするようになる。
たとえば、名作『許されざる者』(1992)のなかにはこんな台詞が出てくる。「人を殺すのは大変なことだ。相手のこれまでの人生をすべて奪い、未来までもそっくり奪うことになる」
あるいは、少しあとの『マディソン郡の橋』(1995)にも渋い台詞があった。「昔の夢はいい夢だった。成就しなかったが、見ていて楽しい夢だった」
だが、イーストウッドの本領は、アイロニーとふくみ笑いを伴う辛辣なひと言を放つときに発揮される。『グラン・トリノ』(2008)の主人公ウォルト・コワルスキーは、街角でからんできたチンピラにこう言う。「からんじゃいけない相手に、たまに出くわすときがあるってことに気づかないのか。俺がそういう相手だよ」
あるいは『運び屋』(2018)の中で、思わずくすりとさせられたこんな台詞。「100まで生きたいと思う奴は、99歳の老人だけだ」
人生の深淵を覗かせる言葉も、相手をあっさり武装解除させてしまう減らず口も、イーストウッドにはよく似合う。彼は、アクションの達人であると同時に、言葉の達人でもあった。映画のなかだけでなく、過去のインタヴューなどでの発言にも面白いものが多い。締めくくりに、少しだけ紹介しておこう。「私はペシミズムを信じない。事態が思うように運ばないときは、前に進め。雨が降りそうだと思うと、本当に降るものだ」
もうひとつ、おまけを。「道理をわきまえた人間になろうとしたことはあった。でも、そんな自分が気に入らなくてね」

心の深みを測り直す知恵 文=芝山幹郎(評論家・翻訳家)

イーストウッドの背後にイーストウッドが見える。見るなといわれても、見えてしまう。もし、『クライ・マッチョ』で初めてイーストウッドという俳優を知ったとしたら、私は一体どんな印象を抱くのだろう。強靱と思うか。透明と思うか。それとも異様と思うのか。
だが私は、1950年代から彼の姿を見つづけてきた。幼時も青年時代も中年期も、そして年老いてからも、イーストウッドはいつも私の前を歩んでいた。
タフガイだったり、ゴーストだったり、人生の導師だったり、謎の男だったり……姿形はその都度異なっても、イーストウッドならではの平叙体に変化はなかった。自身の背中で「映画の風」を感じ取り、その風を信じる帆船のように、大股で悠然と歩んでいた。
その歩調は『クライ・マッチョ』でも変わっていない。銃は撃たないし、鉄拳もあまり振るわないが、10時10分の角度で車のステアリングを握り、馬や犬や羊の鼻面をそっと撫でるイーストウッドの手は、『ダーティハリー』や、『ブロンコ・ビリー』や、『許されざる者』に出てきた手とつながっている。
いいかえれば、イーストウッドは年齢を言い訳にしていない。衰えは衰えとして受け止めつつ、そのときどきに可能な最良の形をクールに示している。だからこそ、彼は眼の輝きを失わない。心の深みを何度も測り直したかのような知恵の光が、後方を歩むわれわれの足もとを照らしつづけてくれる。

イーストウッド監督40作品

1971年 恐怖のメロディ 1973年 荒野のストレンジャー 1973年 愛のそよ風 1975年 アイガー・サンクション 1976年 アウトロー 1977年 ガントレット 1980年 ブロンコ・ビリー 1982年 ファイヤーフォックス 1982年 センチメンタル・アドベンチャー 1983年 ダーティハリー4 1985年 ペイルライダー 1986年 ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場 1988年 バード 1990年 ホワイトハンター ブラックハート 1990年 ルーキー 1992年 許されざる者     ★アカデミー賞®作品賞・監督賞 1993年 パーフェクト ワールド 1995年 マディソン郡の橋 1997年 真夜中のサバナ 1997年 目撃 1999年 トゥルー・クライム 2000年 スペース カウボーイ 2002年 ブラッド・ワーク 2003年 ミスティック・リバー 2003年 ピアノ・ブルース 2004年 ミリオンダラー・ベイビー     ★アカデミー賞®作品賞・監督賞 2006年 父親たちの星条旗 2006年 硫黄島からの手紙 2008年 チェンジリング 2008年 グラン・トリノ 2009年 インビクタス/負けざる者たち 2010年 ヒア アフター 2011年 J・エドガー 2014年 ジャージー・ボーイズ 2014年 アメリカン・スナイパー 2016年 ハドソン川の奇跡 2018年 15時17分、パリ行き 2018年 運び屋 2019年 リチャード・ジュエル 2021年 クライ・マッチョ ※日本劇場公開作品