PRODUCTION NOTE

今度のヒロインは世界を救わない

神山健治といえば『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『精霊の守り人』『東のエデン』といった、SFアクションやハイファンタジーを得意とするアニメーション監督という印象を持つ人も多いだろう。

ところが『ひるね姫』では一転、平凡な女子高生の森川ココネを主人公とした日常の中の冒険に挑戦した。なにも特別な能力を持たないココネは、父親が捕まったことをきっかけに旅に出る。それは優しさに溢れた、自分をみつける旅だった。

この物語は、インタビューにもある通り、日本テレビの奥田誠治プロデューサーの一言がきっかけで生まれることになった。

そのころ神山は「アニメーションに何ができるのか」を自問する日々だったという。「これまで(『009 RE:CYBORG』『東のエデン』『攻殻機動隊S.A.C.』など)頼まれもしないのに何度も世界を救ってきました。2011年3月の東日本大震災の最中、僕は映画を作っていました。作り終えたときに初めて、こういった世界観を作ることに不安を覚え、そのことがすごく自分に重くのしかかっていたことに気付きました。映画の中である問題の解決を描いても、現実に存在する問題は一向に解決できていない。まるでウソをついて作品を作っているような感覚になりました。その気分を引きずっていたところに、奥田さんからこれまでとは違う内容の企画を作らないかと、声をかけていただいたんです。そこで、すごく狭い範囲を題材にして、明るい物語、みんなが好意を持てるような主人公の物語にしたいと、企画を考え始めたんです」 こうして見終わった誰もが自分を大切に思えるようなチャーミングな映画が出来上がったのだ。

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舞台は岡山県倉敷市

森川ココネが住んでいるのは岡山県倉敷市。目の前には瀬戸内海が広がり、瀬戸大橋が大きく見える。この町が舞台に選ばれたのは偶然の産物だった。

大阪出張のついでになんとなく西へ足を延ばそうと考えた神山監督。そこでたまたま足が向いたのが倉敷市の児島・下津井。鷲羽山側から海側へと降りていくと、瀬戸内海が大きく目の前に広がっていたという。「瀬戸内海と瓦屋根のどこか懐かしい風景にほっとしました。そこに巨大な瀬戸大橋がかかって、非日常な感じがあるのもアクセントになって魅力的でした」こう語る神山監督は、太平洋とも日本海とも違う瀬戸内海に、以前から憧れを感じていたという。こうしてココネの故郷は岡山県倉敷市の児島・下津井に決まったのだった。そして、ココネはそこから父を助け出すために東京を目指すことになる。

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コヤマシゲトによるハーツデザイン
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森川聡子によるエンシェン初期設定画

最強布陣のスタッフ

『ひるね姫』には考えられる限り最強のスタッフが集結している。

キャラクター原案の森川聡子は、シンプルな線で描き、存在感を感じさせる絵柄が特徴。『猫の恩返し』『アリーテ姫』などの作品に参加し、神山監督とは『東のエデン』でタッグを組んでいる。

この森川のキャラクターを実際に描くアニメーターも日本を代表するメンバーが揃った。

原画には、『おおかみこどもの雨と雪』など劇場アニメには欠かせない名手・井上俊之、『イノセンス』『BORUTO -NARUTO THE MOVIE-』を描いた西尾鉄也、そして『千と千尋の神隠し』『君の名は。』を手掛けた安藤雅司等が参加、作画監督として『イノセンス』『君の名は。』の黄瀬和哉も名を連ねている。エフェクト作画監督には『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ(TV版)』などで海外でも著名な竹内敦志。

そして、作品全体の絵を統括する総作画監督は『東のエデン』の佐々木敦子。森川の描いたキャラクターに優しく命を吹き込んでいる。

音楽はスリリングかつ直感的な旋律を生み出すゲーム音楽の第一人者下村陽子(「キングダムハーツ」)。

このほか、夢の中で大きな役割を果たす変形ロボット・ハーツをデザインしたのは『ベイマックス』に参加したコヤマシゲト。クリーチャー・デザインは、バンド・デシネ(フランス語圏のマンガ)作家でもあるアニメーター、クリストフ・フェレラが担当している。

これまで神山作品に参加してきた信頼おけるスタッフと、新たに加わった実力派のスタッフの力が合流した最強布陣で『ひるね姫』は制作されたのだ。

魅力の出演者

主人公ココネを演じるのは、連続テレビ小説『とと姉ちゃん』で主人公・小橋常子を演じた高畑充希。神山が高畑を選んだのは、そのふわったとした声に魅力があったからだという。「最初はもっと“ 強さ” のある声のほうがココネには合っていると考えていました。でも、高畑さんの声を聴くうちに、この声の持ち味を生かしていったほうが、『ひるね姫』というタイトルとも合っていくんじゃないかと考えました。だから、こちらのプランに合わせてもらうのではなく、高畑さんの声が感じさせるキャラクター性をもっとココネのためにもらっていこうと決めました。おかげでココネのキャラクターがずいぶんと膨らみました。高畑さんの声は、映画を決める重要な要素でした」(神山)

このほか適材適所のキャスティングが『ひるね姫』のキャラクターたちを息づかせている。

森川ココネのおさななじみ・モリオを演じるのは、おさななじみの男女のドキっとするような関係性を絶妙に演じた満島真之介。ココネの父親・モモタローを演じるのは声優初挑戦となる江口洋介。いずれも映画の舞台となる岡山の方言での演技に挑んだ。巨大自動車会社“ 志島自動車” の取締役にしてモモタローを陥れようとたくらむ渡辺役に、悪役を楽しんで演じたという古田新太。岡山県倉敷市の出身である前野朋哉は、モモタローの悪友・雉田を演じた。そして、“ 志島自動車” の会長・志島一心を演じるのは、意外にも“ アニメに憧れを抱く” という名優、高橋英樹という豪華な面々が揃った。

映画の主題歌は、1967年に発表されたモンキーズのオリジナルを、日本の伝説的ロックスター、故・忌野清志郎さんによく似た“ZERRY”率いるタイマーズがカバーした名曲「デイ・ドリーム・ビリーバー」。“ 夢” と“ 去った人への想い” をうたったこの曲は、映画のテーマとも共鳴する。そして今回その曲を歌うのは、なんと映画の主人公・森川ココネ(声=高畑充希)。“ 映画のエンディングで流れる主題歌もストーリーの一部” と考える神山監督は、まるで映画のストーリーをなぞらえて、主人公の気持ちを代弁するような歌だからこそ、「デイ・ドリーム・ビリーバー」は主人公に歌ってほしいと高畑充希に熱烈オファー。高畑充希が、自身の名義ではなく森川ココネとして歌った。

「自分が声優をつとめた作品で、主題歌も担当するのは初めての挑戦です。しかも凄く好きな曲を。やはり私の中では清志郎さんの素敵なイメージが未だに鮮やかで、カバーするには勇気が必要だと思いましたし、私で大丈夫かなという不安な気持ちはありました。ですが、役がそのまま唄うようにエンドロールに入っていきたいと監督がおっしゃったので、それだったら面白いのではないかと思い、チャレンジさせていただく事になりました。清志郎さんとはまた違った、ココネからの目線で楽曲を見られたらいいなと思い、この最高にカッコイイ曲を全力で楽しむことに集中しました。ココネから見えた「デイ・ドリーム・ビリーバー」も、よろしくお願いします。」(高畑充希コメント)

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デジタル化への挑戦

『ひるね姫』で注目されるもうひとつのキーワードがある。それは「デジタル化」。本作は絵コンテ・作画の工程のデジタル化に積極的に取り組んだ作品でもある。

現在のアニメーションの制作は、作画以後の彩色・撮影がデジタル化され、コンピューター上で行われるようになっている。だが、大半の作品では絵コンテから作画までの工程は依然として紙と鉛筆による作業のままだ。

近年、絵コンテ・作画の領域においてもデジタル化への取り組みが本格化してきた。『ひるね姫』はそうした試みを積極的に取り入れた作品なのだ。

『ひるね姫』の絵コンテは「Toon Boom Storyboard Pro」を使って描かれた。描き上がった絵コンテは、そのままムービーとして再生することが可能で、必要であれば仮の音声をはめることもできる。

従来の絵コンテは、描かれたものから完成映像を読み取れないと、その良し悪しを検証し難かった。だが、デジタル化することですぐにムービー化できて、多くの人の反応を見ることができるようになった。これにより、制作中の絵コンテを早い段階から客観的に検証することは可能になった。それは作業のスピードアップにもつながっている。

また作画もその多くをペンタブレットを使ったデジタル作画で行っている。デジタル原画は紙よりもトライアルがしやすく、これまでアナログ作画で壁にぶつかっていたアニメーターが、デジタルツールを使い始めたことで一皮むけるというケースもあったという。

そして演出チェックの工程。これはデジタル化したことで圧倒的に作業の効率化がはかられたという。これまでの演出チェックは、原画を実際に指でパラパラ送ったり、クイック・アクション・レコーダーという簡易撮影装置で動画にするなどして、その出来栄えを確認していた。ところがデジタル作画では、描いた原画は自動的にムービーになっている。そのためチェックを始めるのもスムーズで、短い時間で数多くのカットをチェックできるようになった。

長編アニメーションの現場でここまで積極的に絵コンテ・作画のデジタル化を行った作品はまだ珍しい。

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映画が描く「すこし先の未来」

映画は2020 年の東京オリンピック開幕直前の時期が舞台となっている。「すこし先の未来」の日本はどうなっているのか。本作はそんな興味も刺激してくれる。

そして、その「すこし先の未来」を象徴する技術として映画に登場するのが、自動車の自動運転技術だ。この先端技術は、ココネをトラブルに巻き込む一方で、彼女の身を守りもする。

どうして自動運転技術がフィーチャーされたのだろうか。
「脚本を書いていた時は、ここまで自動運転技術が進化すると思っていなかったので、現実に追いつかれてしまった感があります(笑)。企画の極初期から「ものづくり」という要素を入れようと考えていました。そこからハードウェアがリアルで、ソフトウェア(IT技術)が魔法という対比を思いつきました。そして、夢の中で魔法が使えるように、現実のココネの行動をITが手助けすることで、夢と現実がリンクするような仕組みになっています」(神山)。

「すこし先の未来」を垣間見ることができるのも『ひるね姫』のおもしろさのひとつである。

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