
クリント・イーストウッド(監督/製作/音楽)
監督、プロデューサー、俳優として長く活躍し、これまでに2回の米アカデミー賞®監督賞をはじめ、数多くの栄誉に輝く。
近年は毎年作品を発表。2008年には2本の作品が公開された。まず、監督・製作・音楽を担当した『チェンジリング』は、1928年にロサンゼルス市警を揺るがした悪名高き誘拐事件を描いた実話ドラマで、08年カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されてパルムドール賞候補となったほか、特別賞を受賞。米アカデミー賞®では主演女優賞(アンジェリーナ・ジョリー)を含む3部門でノミネートされた。また、英アカデミー(BAFTA)賞とロンドン映画批評家協会賞の監督賞、ゴールデングローブ賞音楽賞にもノミネートされた。もう1作は、04年の『ミリオンダラー・ベイビー』以来初めての主演作となった『グラン・トリノ』。監督・製作を兼ねた同作では、ウォルト・コワルスキー役で米ナショナル・ボード・オブ・レビューの主演男優賞を獲得した。
翌09年には実話ドラマ『インビクタス/負けざる者たち』を監督・製作し、米ナショナル・ボード・オブ・レビューの監督賞を獲得し、ゴールデングローブ賞監督賞にノミネート。出演したモーガン・フリーマンとマット・デイモンはそれぞれ米アカデミー賞®にノミネートされた。翌10年に監督・製作・音楽を担当した『ヒア アフター』は、米アカデミー賞®視覚効果賞にノミネートされ、イタリアのダビッド・ディ・ドナテッロ賞外国映画賞を受賞した。
初めて米アカデミー賞®に絡んだのは『許されざる者』(92/監督・製作・主演)。新しい角度で人間の本質を描いたこの西部劇は、作品、監督、主演男優、助演男優(ジーン・ハックマン)、編集、脚本、撮影、美術監督・装置、音響の9部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、助演男優賞、編集賞を見事に獲得。また、ゴールデングローブ賞監督賞を獲得し、いくつもの批評家協会から作品賞を授与された。
03年の問題作『ミスティック・リバー』(監・製・音楽)は、カンヌ国際映画祭コンペ部門に正式出品され、イーストウッドは功労賞にあたるカロセ・ドール(ゴールデン・コーチ)賞を授与された。その後、米アカデミー賞®では、作品、監督、主演男優、助演男優、助演女優、脚色の6部門にノミネートされ、主演男優賞(ショーン・ペン)と助演男優賞(ティム・ロビンス)を獲得した。また、ゴールデングローブ賞監督賞にもノミネートされている。
04年の『ミリオンダラー・ベイビー』(監・製・主・音)では米アカデミー賞®作品賞と監督賞を受賞し、主演男優賞にもノミネートされた。また、主演女優賞(ヒラリー・スワンク)と助演男優賞(モーガン・フリーマン)を獲得したほか、脚色賞と編集賞にもノミネートされた。さらに、3回目となるゴールデングローブ賞監督賞を受賞し、同賞音楽賞にもノミネートされた。
06年には、第二次世界大戦中の硫黄島での激戦を日米双方の視点で描いた二部作を公開。『父親たちの星条旗』(監・製・音)では、硫黄島で星条旗を掲げた有名な写真に写っている米兵たちを描き、『硫黄島からの手紙』(監・製)では日本兵たちの視点で描いた。その『硫黄島の手紙』は、米アカデミー賞®作品賞と監督賞にノミネートされたほか、ゴールデングローブ賞と米放送映画批評家協会賞の外国語映画賞を獲得。ロサンゼルス映画批評家協会や米ナショナル・ボード・オブ・レビューを含む数多くの批評家協会より作品賞を授与された。
イーストウッド監督作品は世界各国の批評家、映画祭から高く評価されており、カンヌ国際映画祭では94年に審査員長を務めた。また、『ペイルライダー』(85/監・製・主)、『バード』(88/監・製)、『ホワイトハンター ブラックハート』(90/監・製・主)はそれぞれコンペ部門でパルムドール賞を競い、『バード』は主演男優賞(フォレスト・ウィテカー)と音楽に対する技術賞を獲得。同作では、ゴールデングローブ賞の監督賞を初めて受賞した。
最初は俳優としてTV界で活躍し、その後、『荒野の用心棒』(64)、『夕陽のガンマン』(65)、『続・夕陽のガンマン』(66)、『奴らを高く吊るせ!』(68)、『真昼の死闘』(70)などの名西部劇に出演。そのほかの主な映画出演作には、『戦略大作戦』(70)、大ヒットした「ダーティハリー」シリーズ(71,73,76,83,88)、コメディの『ダーティファイター』(78)と続編の『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』(80)、『アルカトラズからの脱出』(79)、スリラーの『ザ・シークレット・サービス』(93)などがある。
71年に『恐怖のメロディ』で監督デビューを飾って以来、監督・主演を兼ねたそのほかの主な作品は、『荒野のストレンジャー』(73)、『アイガー・サンクション』(75)、『アウトロー』(76)、『ブロンコ・ビリー』(80)、『ファイヤーフォックス』『センチメンタル・アドベンチャー』(共に82/兼製作)、『ダーティハリー4』(83/兼製)、『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(86/兼製)、『ルーキー』(90)、『マディソン郡の橋』(95/兼製)、『目撃』(97/兼製)、『トゥルー・クライム』(99/兼製)、『スペース カウボーイ』(00/兼製)、『ブラッド・ワーク』(02/兼製)など。
キャリアを通して、数多くの生涯功労賞を受賞。米映画芸術科学アカデミーからのアービング・G・タルバーグ記念賞、ハリウッド外国人記者協会からのセシル・B・デミル賞をはじめ、米監督組合、米製作者組合、米映画俳優組合、米映画協会、リンカン・センター映画協会、フランス映画協会、米ナショナル・ボード・オブ・レビュー、ヘンリー・マンシーニ協会(アメリカ音楽界に対する功績へのハンク賞)、ハンブルグ国際映画祭(ダグラス・サーク賞)、ベネチア国際映画祭(栄誉金獅子賞)などから、その功績を称える賞が贈られている。
また、ケネディ・センター名誉賞、米映画編集者組合とパブリシスト組合からの賞、ウェスリアン大学芸術学部名誉博士号も獲得。米ピープルズ・チョイス賞では"お気に入りの映画俳優賞"に5回選ばれている。91年には、伝統あるハーバード大学演劇部のハスティ・プディング賞を、92年にはカリフォルニア州知事芸術賞を受賞。最近では、グラン・リヨン映画祭初年度のリュミエール賞、フランス大統領ニコラス・サルコジ氏より、レジオン・ドヌール勲章(コマンドゥール)を授与され、映画に対する功績にさらに重要な名誉が加わった。
ダスティン・ランス・ブラック(脚本)
アメリカの公民運動家の故ハーヴィー・ミルクの半生をショーン・ぺン主演で描いた『ミルク』(08)のオリジナル脚本で米アカデミー賞®と2つの米脚本家組合(WGA)賞を受賞。脚本家、プロデューサー、監督として活躍している。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の映画・TV学部を優等で卒業。アート・ディレクターとしてキャリアを開始し、すぐにドキュメンタリー、TVシリーズ、CM、ミュージック・ビデオを監督するようになった。監督・製作した2001年のドキュメンタリー『On the Bus』と03年の『My Life with Count Dracula』が高く評価されたことで、英BBCのリアリティ番組を基にし、辛口の社会批評を売り物にした米TLC放映の「Faking It」での製作・監督につながった(03~04)。
04年には、テキサス州サンアントニオで敬けんなモルモン教徒として過ごした子供時代を反映させる脚本と共同製作を務める契約をし、それは一夫多妻主義の男を描いた米HBO放映のドラマ「ビッグ・ラブ」としてシリーズ化。エミー賞、ゴールデングローブ賞に輝いた同シリーズには第3シーズンまで(06~09)かかわった。
08年には『Pedro』の原案と脚本を担当し、WGA賞にノミネートされた。ブニム=マレー・プロダクションズ初のプロジェクトである同作は、リアリティ番組に出演して全米で有名になったエイズ患者ペドロ・ザモラの人生と彼が遺したものを描いており、同年トロント国際映画祭でプレミア上映され、のちにMTVとVH1で放映された。
10年には、ジェニファー・コネリー、エド・ハリス出演の『Virginia』で本格的な長編映画監督デビューを果たした。現在は、"裸足の泥棒"として有名になった窃盗犯コルトン・ハリス=ムーアの実話を基にした『The Barefoot Bandit』を執筆中であり、また、ジョン・クラカワー原作の『Under the Banner of Heaven』の脚本にも取りかかる予定である。
また、すべての米国民に平等の権利を求める団体"平等権を求める米財団 (AFER)"の創立メンバーとして、カリフォルニア州で同性婚を禁じる条例"プロポジション8"を違法だと訴える連邦裁判を弁護士のデイビッド・ボイス、テッド・オルソンとともに戦っている。さらに、増加する青少年の自殺を防ぐために、相談用のホットラインである"トレバー・プロジェクト"の理事も務めている。
ブライアン・グレイザー(製作)
イーストウッドとはアンジェリーナ・ジョリー主演『チェンジリング』(08)に続き、2回目のコラボレーション。
映画、TVの世界で30年以上のキャリアを誇るベテラン・プロデューサー。脚本賞と作品賞部門でこれまでに米アカデミー賞®に4回ノミネートされており、2002年のロン・ハワード監督作『ビューティフル・マインド』で見事作品賞を受賞。全米精神衛生啓発キャンペーンより第1回啓発賞を贈られた。同作は、オスカー®でほかにも3部門で受賞したほか、ゴールデングローブ賞でも作品賞(ドラマ)を含む4部門で受賞した。
TV界でプロデューサーとしてキャリアをスタートさせ、1980年前半にパラマウント・ピクチャーズ用のTVシリーズのパイロット版で製作総指揮を務めたときにロン・ハワードと知り合って友情を築き、長いビジネスパートナーとなった。『ラブ IN ニューヨーク』(82)、『スプラッシュ』(84)などのヒット・コメディでコラボレーションを始め、86年にイマジン・エンターテイメントを共同設立。現在まで共同会長として同社を運営している。ハワード監督作では、前出の『スプラッシュ』で共同脚本と製作を務め、米アカデミー賞®の脚本賞にノミネートされたほか、『アポロ13』(95)で同賞作品賞にノミネートされ、米製作者組合(PGA)からダリル・F・ザナック年間最優秀プロデューサー賞を贈られた。また、ピーター・モーガンが自身の戯曲から脚本を書いた08年の『フロストXニクソン』では、作品賞を含む5部門で米アカデミー賞®にノミネートされ、PGAのダリル・F・ザナック賞にノミネートされた。
手がけた作品は、通算オスカー®に43回、エミー賞に133回ノミネートされており、映画では、全世界での劇場、サントラ、ビデオの収益が135億ドルにのぼる。その商業的、芸術的な業績に対し、さまざまな栄誉が贈られている。1998年にプロデューサーとしては数少ないハリウッドの殿堂(ウォーク・オブ・フェイム)入りを果たし、01年には、PGAのデイビッド・O・セルツニック生涯功労賞を受賞。03年には、全米劇場主協会ショーウエスト大会で生涯功労賞に輝き、07年には「タイム」誌の"世界でもっとも影響力のある100人"に選ばれた。また、11年には米映画音響編集者組合(MPSE)よりフィルムメーカー賞を贈られた。さらに、ロン・ハワードとともに、09年にはPGAのマイルストーン賞を、ニューヨーク大学ティッシュ芸術スクールのビッグアップル賞を、翌10年には、ユダヤ人人権擁護団体サイモン・ウィーゼンタール・センターのヒューマニタリアン賞を受賞した。
製作を担当した最新全米公開作はベン・スティラー、エディ・マーフィー主演、ブレット・ラトナー監督の『Tower Heist』。ハワード監督の近作ではダン・ブラウンの世界的ベストセラーをトム・ハンクス主演で映画化した『ダ・ヴィンチ・コード』(06)と続編の『天使と悪魔』(09)、『僕が結婚を決めたワケ』(10)、ダニエル・クレイグ、ハリソン・フォード主演の『カウボーイ&エイリアン』(11)を製作。また、リドリー・スコット監督の『アメリカン・ギャングスター』(07/出演:ラッセル・クロウ、デンゼル・ワシントン)と『ロビン・フッド』(10/出演:ラッセル・クロウ、ケイト・ブランシェット)で製作を務めた。
このほかの主な製作作品は、『スパイ・ライク・アス』(85)、『偽りのヘブン』(88・未)、『バックマン家の人々』(89)、『キンダガートン・コップ』(90)、『バックドラフト』『マイ・ガール』(共に91)、『ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合』『身代金』(共に96)、『ライアーライアー』(97)、『グリンチ』(00)、『ブルークラッシュ』『8Mile』(共に02)、『ディボース・ショウ』(03)、『インサイド・マン』『プライド 栄光の絆』(共に04)、『シンデレラマン』『フライトプラン』(共に05)、など。
TV界でも活躍。米NBCがピーボディー賞、エミー賞を獲得したシリーズ「Friday Night Lights」(06~)、前出の89年に製作した映画『バックマン家の人々』を米NBCでシリーズ化し、人気を呼んでいる「Parenthood」(10~)などがある。そのほかに手がけた主なTV作品は、自身がエミー賞を受賞した米HBOのミニ・シリーズ「フロム・ジ・アース[人類、月に立つ]」(98)、米ABCの「Sports Night」(98~00)、米WBの「フェリシティの青春」(98~02)、米NBCの「miss match ミス・マッチ」(03)と「Friends with Benefits」(11)、米CBSの「SHARK ~カリスマ敏腕検察官」(06~08)、米フォックスのエミー賞とゴールデングローブ賞に輝いた人気シリーズ「24 TWENTY FOUR」(01~10)、エミー賞受賞コメディ「ブル~ス一家は大暴走!」(03~06)、「ライ・トゥ・ミー 嘘の瞬間」(09~)など。
ロバート・ロレンツ(製作)
米シカゴ郊外で育ち、ロサンゼルスへ移ってから1989年に映画業界へ入った。助監督を務めた『マディソン郡の橋』(95)を製作中の94年以降、クリント・イーストウッドと組み、彼の製作会社マルパソ・プロダクションズで製作された映画のあらゆる側面を統括。『目撃』『真夜中のサバナ』(共に97)、『トゥルー・クライム』(99)、『スペース カウボーイ』(00)などの作品の製作に助監督などで加わったのち、『ブラッド・ワーク』(02)では製作総指揮を務めた。
イーストウッドが監督としてますます脂がのってきた2000年代になってから、その監督作の製作で米アカデミー賞®作品賞に2回ノミネートされており、最初のノミネートは『ミスティック・リバー』(03)。イーストウッドが同賞作品賞・監督賞を獲得した『ミリオンダラー・ベイビー』(04)では製作総指揮を担当。第二次世界大戦の硫黄島の戦いを描いた二部作『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』(共に06)では、イーストウッド、スティーブン・スピルバーグとともに製作を務め、2回目の同賞作品賞ノミネートを獲得した。ほぼ全編を日本語で撮影した『硫黄島からの手紙』は、ロサンゼルス映画批評家協会賞と米ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞の作品賞、ゴールデングローブ賞と米放送映画批評家協会賞の外国語映画賞に輝いた。
08年には、ブライアン・グレイザー、ロン・ハワードとともに、イーストウッド製作・監督の実話に基づいたドラマ『チェンジリング』を製作。同作は、主演女優賞(アンジェリーナ・ジョリー)を含む3部門で米アカデミー賞®にノミネートされた。また、同年に製作した『グラン・トリノ』はイーストウッド監督作として現在までのところ最高の興収をあげている。
09年に製作したイーストウッド監督の『インビクタス/負けざる者たち』では、米製作者組合(PGA)賞にノミネートされた。同作では、米アカデミー賞®主演男優賞(モーガン・フリーマン)と助演男優賞(マット・デイモン)にノミネートされたほか、ゴールデングローブ賞の作品賞(ドラマ)と監督賞にノミネートされた。翌10年には、マット・デイモン主演のイーストウッド作品『ヒア アフター』を製作。
現在は長編映画監督デビューとなる野球ドラマ『Trouble with the Curve』の準備中であり、イーストウッド主演で12年前半に撮影開始予定である。
ティム・ムーア(製作総指揮)
最新作は、アンジェリーナ・ジョリーの監督デビュー作『In the Land of Blood and Honey』で、ジョリー、グレアム・キング、ティム・ヘッディントンとともに製作を担当。ジョリー自身の脚本による同作は、ハンガリーのブダペストとボスニアのサラエボのロケで撮影され、2011年12月23日に全米公開予定である。
02年以降、クリント・イーストウッドの全作品の製作の物理的な面を統括してきた。06年の『父親たちの星条旗』と米アカデミー賞®作品賞にノミネートされた『硫黄島からの手紙』では共同製作を、08年の『チェンジリング』と『グラン・トリノ』、米アカデミー賞®、ゴールデングローブ賞(ドラマ)、多くの映画批評家協会賞にノミネートされた09年の『インビクタス/負けざる者たち』、10年の『ヒア アフター』では製作総指揮を務めた。また、作品賞を含む6部門で米アカデミー賞®にノミネートされた『ミスティック・リバー』(03)、作品賞を含め、4部門で同賞を獲得した『ミリオンダラー・ベイビー』(04)の製作にも加わっている。さらに、アリソン・イーストウッドの監督デビュー作『レールズ&タイズ』(07・未)では共同製作を務めた。
また20年ほどにわたり、監督ローディー・ヘリントンと、『ジャック・ザ・リッパー/殺しのナイフ』(88)、『ロードハウス 孤独の街』(89)、『コンフェッション』(98)などで組んできた。さらに、スポーツ映画に対するESPY賞にノミネートされた『ボビー・ジョーンズ ~球聖と呼ばれた男~』(04・未)を製作。
ほかには、アーネ・グリムシャー監督の『バウンティ・キッド』(99・未)、スティーブ・ブシェミ監督、ウィレム・デフォー主演の『アニマル・ファクトリー』(00・未)などの製作に参加したほか、TV映画「Stolen from the Heart」(00)で製作を、「センパー・ファイ!海兵隊の誇りを胸に」(01)で制作マネージャーを務めた。
映画業界に入る前に在籍したカリフォルニア大学ロサンゼルス校で、のちに脚本家や監督として活躍するジョン・シェパードと親交を結んだ。その後、『Eye of the Storm』(92)、『The Ride』(97)、『バーティカル・ハンガー』(02・未)、そして前出の『ボビー・ジョーンズ ~球聖と呼ばれた男~』のインディペンデント映画4本を製作した。
本業以外では、妻ボビーとともにさまざまな動物愛護活動に参加している。
エリカ・ハギンズ(製作総指揮)
2004年にイマジン・エンターテイメントに加わり、現在は製作部門の共同プレジデントを務め、さまざまな製作段階にある10本以上のプロジェクトを統括している。これまでに製作に加わった主な作品には、ジョディ・フォスター主演のロベルト・シュベンケ監督作『フライトプラン』(05)、ガス・バン・サント監督の青春ラブストーリー『永遠の僕たち』(11)などがある。現在は、スティーブン・キングの「ダーク・タワー」シリーズをアキバ・ゴールズマンの脚本、ロン・ハワード監督で映画化する『The Dark Tower』の製作に取り組んでいる。そのほかの今後の製作作品には、ハワード監督の『Colossus』、ジェイク・シマンスキ監督・脚本のアクション・コメディ『Eat My Dust』、ノア・ボーンバック脚本、スコット・クーパー監督、リチャード・ギア、キーラ・ナイトレイ主演予定の『The Emperor's Children』などがある。
米ハンプシャー大学で人類学とドキュメンタリー制作の学位を取得して卒業。研究の目的で日本と中国に1年間ほど滞在。神戸女学院大学で教鞭をとったあと、エディターとして映画界に転身し、最終的にプロデューサーになった。
イマジンに移籍する前は、レーダー・ピクチャーズに、その前身のインタースコープ・コミュニケーションズ時代から10年以上勤めた。映画編集者としてキャリアをスタートさせ、マイケル・チミノ監督の『シシリアン』(87)と『逃亡者』(90)、ジョン・ウォーターズ監督の『ヘアスプレー』(88)、『クライ・ベイビー』(90)、『シリアル・ママ』(94)などの編集にかかわった。インタースコープ時代にはまた、ウィノナ・ライダー主演の『BOYS』(96)、ティム・ロス、トゥパック・シャクール共演の『グリッドロック』(97)の製作を担当し、米アカデミー賞®視覚効果賞受賞の『奇蹟の輝き』(98/出演:ロビン・ウィリアムズ、キューバ・グッディングJr.)の製作総指揮を務めた。レーダーになってからは、マンディ・ムーア主演の『ラブ・スクール』(03・未)、ケイト・ハドソン、ナオミ・ワッツ主演の『ル・ディヴォース パリに恋して』(03)などの製作を手がけた。
トム・スターン,AFC,ASC(撮影)
映画業界に入って40年のベテランであり、クリント・イーストウッドとの付き合いは30年以上に及ぶ。同監督のドラマ『チェンジリング』(08)で米アカデミー賞®と英アカデミー(BAFTA)賞撮影賞にノミネートされた。撮影監督のクレジットが初めて付いたのも同監督の『ブラッド・ワーク』(02)で、以降、『ミスティック・リバー』(03)、『ミリオンダラー・ベイビー』(04)、『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』(共に06)、『グラン・トリノ』(08)、『インビクタス/負けざる者たち』(09)、『ヒア アフター』(10)でも撮影を担当した。
イーストウッドとのコラボレーションの初期には、『センチメンタル・アドベンチャー』(82)、『ダーティハリー4』(83)、『タイトロープ』(84)、『ペイルライダー』(85)、『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(86)などの作品で照明係を務めた。その後、イーストウッドの製作会社マルパソ・プロダクションズの主任照明技師となり、『ルーキー』(90)、『許されざる者』(92)、『パーフェクト ワールド』(93)、『トゥルー・クライム』(99)、『スペース カウボーイ』(00)など、幅広いジャンルの作品に携わった。
イーストウッド以外の監督ともさまざまな作品で組んでいる。ローディー・ヘリントンの『ボビー・ジョーンズ ~球聖と呼ばれた男~』(04・未)、スコット・デリクソンの『エミリー・ローズ』(05)、ジョン・タートゥーロの『Romance & Cigarettes』(05)、トニー・ゴールドウィンの『ラストキス』(06・未)、スサンネ・ビアの『悲しみが乾くまで』(07)、アリソン・イーストウッドの『レールズ&タイズ』(07・未)、クリストフ・バラティエの『幸せはシャンソニア劇場から』(08)、パーヴェル・ルンギンの『Tsar』(09)などでは撮影監督を務め、マイケル・アプテッドの『訴訟』(91)、サム・メンデスの『アメリカン・ビューティー』(99)と『ロード・トゥ・パーディション』(02)などでは主任照明技師を務めた。
ジェイムズ・J・ムラカミ(美術)
クリント・イーストウッドが1928年を舞台にして描いた"時代もの"ドラマ『チェンジリング』(08)の美術で米アカデミー賞®と英アカデミー(BAFTA)賞撮影賞にノミネートされた。また、米美術監督組合賞では、同作が時代作品部門で、『グラン・トリノ』(08)が現代作品部門でそれぞれノミネートされた。イーストウッドとは、2009年の『インビクタス/負けざる者たち』、10年の『ヒア アフター』でも組んでいる。
美術監督としてイーストウッド作品を初めて手がけたのは、06年の『硫黄島からの手紙』。それ以前は、イーストウッドと長くコンビを組んでいた美術監督ヘンリー・バムステッドのチームの一員として、『許されざる者』(92)で初めてセット・デザイナーを務め、その後、『真夜中のサバナ』(97)でアート・ディレクターを務めた。
04年に米HBOの西部劇TVシリーズ「デッドウッド ~銃とSEXとワイルドタウン」の美術で初めてエミー賞にノミネートされ、翌年に見事受賞した。
そのほかに美術監督を務めた作品には、アリソン・イーストウッドの監督デビュー作『レールズ&タイズ』(07・未)がある。アート・ディレクターとしても数多くの作品を手がけており、その主なものは、ジョン・バダム監督の『ウォー・ゲーム』(83)、アート・ディレクターとして米アカデミー賞®美術賞にノミネートされたバリー・レビンソン監督の『ナチュラル』(84)、マーティン・ブレスト監督の『ビバリーヒルズ・コップ』(84)と『ミッドナイト・ラン』(88)、トニー・スコット監督の『ビバリーヒルズ・コップ2』(87)、『トゥルー・ロマンス』(93)、『クリムゾン・タイド』(95)、『エネミー・オブ・アメリカ』(98)、ピーター・ハイアムズ監督の『レリック』(97)、デイビッド・フィンチャー監督の『ゲーム』(97)など。また、セット・ディレクターとしては、『スニーカーズ』(92)、『アイ・ラブ・トラブル』(94)、『真夏の出来事』(96)、『ポストマン』(97)、『プリティ・プリンセス』(01)、『スコーピオン・キング』(02)などを手がけた。
ジョエル・コックス,A.C.E.(編集)
35年以上、クリント・イーストウッドと組み、『許されざる者』(92)で米アカデミー賞®編集賞を受賞。また、『ミリオンダラー・ベイビー』(04)でも同賞にノミネートされ、『チェンジリング』(08)では、ゲイリー・D・ローチとともに英アカデミー(BAFTA)賞にノミネートされた。さらに『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』(共に06)、『グラン・トリノ』(08)、『インビクタス/負けざる者たち』(09)、『ヒア アフター』(10)でももちろん編集を担当した。
イーストウッド監督作でほかに編集を務めたのは、『ダーティハリー4』(83)、『ペイルライダー』(85)、『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(86)、『バード』(88)、『ホワイトハンター ブラックハート』『ルーキー』(共に90)、『パーフェクト ワールド』(93)、『マディソン郡の橋』(95)、『目撃』『真夜中のサバナ』(共に97)、『トゥルー・クライム』(99)、『スペース カウボーイ』(00)、『ブラッド・ワーク』(02)、『ミスティック・リバー』(03)。
イーストウッドとの関係は、『アウトロー』(76)でフェリス・ウェブスターの編集助手を務めたときに始まり、それ以降30年以上を、時にはほかの編集者とのコンビで、イーストウッドの監督または製作または主演作を編集してきた。
初期には、師と仰ぐウェブスターと、『ダーティハリー3』(76)、『ガントレット』(77)、『ダーティファイター』(78)、『アルカトラズからの脱出』(79)、『ブロンコ・ビリー』(80)、『センチメンタル・アドベンチャー』(82)などを共同編集。そのほかの編集作品には、『タイトロープ』(84)、『ダーティハリー5』(88)、『ピンク・キャデラック』(89)、『ヘンリエッタに降る星』(95)などがある。
ゲイリー・D・ローチ(編集)
『目撃』(97)で編集見習いを務めてクリント・イーストウッド組入り。すぐに編集助手に昇格し、『真夜中のサバナ』(97)、『トゥルー・クライム』(99)、『スペース カウボーイ』(00)、『ブラッド・ワーク』(02)、『ミスティック・リバー』(03)、『ミリオンダラー・ベイビー』(04)、『父親たちの星条旗』(06)を手がけた。
イーストウッド作品で長年編集を務めているジョエル・コックスとともに編集のクレジットが初めて付いたのは『硫黄島からの手紙』(06)。以降、コックスとともに英アカデミー(BAFTA)賞にノミネートされた『チェンジリング』(08)、『グラン・トリノ』(08)、『インビクタス/負けざる者たち』(09)、『ヒア アフター』(10)と、イーストウッド、コックスとのコラボレーションを続けている。また、アリソン・イーストウッドの監督デビュー作『レールズ&タイズ』(07・未)を初めて単独で編集した。
さらに、マーティン・スコセッシ製作のTVドキュメンタリー・シリーズ「The Blues」(03)では、クリント・イーストウッドが監督したエピソード「Piano Blues」を共同編集。トニー・ベネットを描いたTVドキュメンタリー「Tony Bennett: The Music Never Ends」(07)、作曲家デイブ・ブルーベックの生涯を追ったドキュメンタリー「In His Own Sweet Way」(10)でも共同編集を担当した。
デボラ・ホッパー(衣装)
クリント・イーストウッドとは25年以上コラボレーションを続けている。実話に基づく2008年の『チェンジリング』では、その時代の衣装デザインで英アカデミー(BAFTA)賞と米衣装デザイナー組合賞にノミネートされ、ハリウッド映画祭で年間最優秀衣装デザイナーに選ばれた。同年のイーストウッド監督・主演の『グラン・トリノ』、09年の監督作『インビクタス/負けざる者たち』、10年の『ヒア アフター』でも衣装を担当。それ以前のイーストウッド監督作『スペース カウボーイ』(00)、『ブラッド・ワーク』(02)、『ミスティック・リバー』(03)、『ミリオンダラー・ベイビー』(04)、『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』(共に06)でも衣装をデザインした。
イーストウッドとは、彼が製作・主演した1984年の『タイトロープ』で、女性キャラクターの衣装監修をしたことがきっかけで組むようになった。『ペイルライダー』(85)、『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(86)、『バード』『ダーティハリー5』(共に88)、『ピンク・キャデラック』(89)、『ルーキー』(90)で同じ役割を果たしたあと、『目撃』『真夜中のサバナ』(共に97)、『トゥルー・クライム』(99)で衣装全般を監修した。
また、キャリア初期には、50年代を舞台にしたTV映画「L.A.シェイクダウン/裸体の疑惑」(88)で女性キャラクターの衣装を担当し、エミー賞を受賞した。