❖撮影エピソード②
何気ないシーンこそしっかり描きたい、廣木監督の食卓のこだわり
この映画には、光希と遊がはじめて出会う2つの家族の顔合わせをするレストランに始まり、食事のシーンが何度か登場する。全編を通して、“食事”“食卓”が大事なキーワードになっている。それも廣木監督が青春ラブストーリーのなかに大人を登場させるうえでこだわったことのひとつだ。シェアハウスで最初に食卓を囲むシーンでは、両親たちの再婚が納得できていない光希が、あるひと言をきっかけに「これからは1人で、ご飯食べます。皆さんと馴染むつもりはありません」と怒って部屋に閉じこもってしまうシーンがある。そのとき食卓に並んでいるのは、千弥子と留美が作ったコロッケ・ローストビーフ・チキンのトマト煮込み・オレンジサラダ・根菜のコンソメスープなど。仲の良い両親たち、馴染めない光希、無関心なのか諦めているのか穏やかな遊、食事を通して6人それぞれのキャラクターを伝える重要なシーンでもあり、全体の引きの画だけでなく、6人分の寄りのカットを丁寧に撮っていく。大事な食卓シーンを占めるシェアハウスは食卓を色々な角度から撮影出来るように計算して作られていた。また、光希と遊、2人きりの食事のシーンもある。遊が得意のホワイトシチューを作って光希と向かい合って食べるシーンだ。メニューはホワイトシチュー・バゲット・サラダ・ピクルス。パンにママレードジャムをつけて食べる遊を見て、光希が「遊ってさ、ママレードみたいだよね。本当はすっごく苦いとこあるのに、みんなうわべの甘さに騙されて気づいてないの。ママレード・ボーイだよ」と話す、ぎこちないながらも2人の距離が少しずつ近づいていくシーンだ。食べながらときどき目が合い「何だよ」「美味しい」「だろ」──台本にはない短い会話が追加され、セリフが終わってもカメラはしばらく回り続ける。時間にして4〜5分。「何気ないシーンをしっかり描きたかった。日常にキュンとしてもらいたいと思ったんです」と廣木監督が語るように、シチューを2人で食べるシーンは、何気ないシーンではあるが、2人が相手を意識する瞬間、恋に落ちる瞬間でもあり、最初の家族との食卓ではツンケンしていた光希がこのシーンでは自然と笑顔になる。食事の大切さを象徴している重要なシーンとなった。2家族での食事、光希と遊の食事、光希と茗子との食事など、物語を追うごとに、様相が変化していく食事シーンが、人間関係や成長を表している。ちなみに、すべての食卓シーンに登場するメニューは廣木監督が考案、撮影当日はフードコーディネイターが腕をふるった。