そうなんだ。そこが気に入って、このプロジェクトに参加したんだ。伝統的なクラシック映画がとても興味深い解釈によって新しく生まれ変わった。ジャングルで生まれ育った男の子がイギリスにやってきて、文明世界を初めて体験するという話ではない。ヴィクトリア調のロンドンに既に10年も住んでいるという展開で、役者にとってはとてもやりがいがあるチャレンジなんだよ。彼は由緒正しい英国貴族なんだが、過去と向き合うためにジャングルに戻らざるを得ない。彼はロンドンでの10年間、ずっと封じ込めていた本当の自分自身と向き合わなければならなかったんだ。
そうなんだ。その側面が、僕がこのキャラクターに魅かれた理由だった。でもターザンに限らず、人間と動物という二面性というのは、誰もが持っている側面なのではないかな。スーツを着て、社会の中で機能しようとするが、それでも心の奥では誰もが野生の間隔を持っている事に共感できるはずさ。そういう動物的衝動が心の中に潜んでいるもの。人生というのは、それら2つの要素を組み合わせて前に進んでいくというということなんだ。
最初このプロジェクトについて聞いた時ためらったわ。私は、「助けが来るのを待っている乙女」みたいなのは演じたくないって言ったの。デヴィッド(監督)と話して、(私が思っていることを)説明したわ。「『私の夫はどこにいるの?彼は私を助けに来てくれるのかしら?』って、全編ずっと泣いているだけなのはやりたくない」と言った。とらわれの身になっている時、蹴飛ばしたり、叫んだりするべきなのよ。彼女はどうやればいいかを考えているべき。頭がいい人であって欲しかったの。彼女に、どうやればこの状況から抜け出すことが出来るか、自分で考えて欲しかったのよ。そしたら、デヴィッドは完全に同意してくれたわ。
とても自分勝手なチョイスだったんだけど、「私のキャラクターはコルセットはつけないわ。彼女は、当時の社会的なイギリスのエチケットに従わないと思うわ」と言ったの。本当は、私はコルセットをつけるのが大嫌いで、6ヶ月間もコルセットを着たくなかったのよ(笑)。そして多分気づかないでしょうけど、気をつけたことがあるの。イギリスでの生活にとても冷たいフィーリングを持たせたかったのよ。ロンドンにいる時、すべて寒色を使っているの。そして私が着ている衣装もブルー。それから、私たちがアフリカに着くと、すべては暖色になるの。照明もとても暖かくなり、肌もとても暖かい色になるし、洋服も淡黄色だったりするわ。フラッシュバックの時には、パステルのような黄色やグリーンで、とても自然な感じがするのよ。彼女がアフリカにいる時は、もっと地に足が着いた、自然で暖かい感じにしたくてね。
子供の頃見ていたテレビでは、ジョニー・ワイズミュラーやレックス・バーカーがジャングルの中でツタからツタへと飛び移っていた。私らの世代は、映画でも見ていた。ゴードン・スコットの時代で、筋肉が隆々としたターザンだった。そのあと確かジョック・マホニ―がターザンを一度演じているね。コミック本もたくさん読んだよ。だから声がかかったとき「やったー!」と思った。即決したよ。子供の頃は近所などでロープにぶら下がりながらターザンごっこをしたりしていたからね。
アレクサンダーのターザンには、ストイックさと古典的な静けさがある。昔のハリウッドヒーローのようだね。力強くて寡黙だ。劇中でジェーンがクリストフ・ヴァルツ演じるロムに向かって「いじめる相手を間違えたね」と言うシーンがあるんだ。ジェーンは引っ込み思案じゃないところがいい。この映画では怖がるところを一切見せない。「とばっちり食らうわよ。それは彼からかもしれないし、私からかもしれない。いずれにしても必ず仕返しがあるわよ」という目つきでロムを見つめるんだ。
彼にとってあまり目障りにならないようにしながら過ごしたよ。私はいつも撮影現場の環境に適応し、協力的であろうと意識する。撮影日があったりなかったりという脇役として出演するのと、作品を一身に背負う主役とでは当然構えが違う。そういう立場の違いがアレクサンダーとの距離感を決定づけた。マーゴット・ロビーとはまた違う距離感だったけどね。
本当に巨大だったよ!監督はあらゆる“糸”をすべて縒り合わせ、最後には美しい結び目として完成させなければならない。だから微力ながら最大限にサポートしたいと思うんだ。それと同時に一俳優としても納得の行く仕事がしたい。デヴィッド監督はあれだけ巨大な船の船頭にしては配慮が利くし、穏やかだ。あれほど優しく、繊細で、思慮深い人はいない。そのようにしてそっとやりたいことをすべて通す。驚くべきことだよ。
「ターザン」というタイトルの脚本が送られて来て読んでみたのですが、とても驚かされました。そういう驚きというのはいつでも嬉しいものなのです。きっと観客の皆様も驚かされるでしょう。本作のターザンは、全てを手にした英国貴族でありながら、アウトサイダーでもある。そんな彼が何かを切望するということ、愛する人のために何をするかといった普遍的なテーマを取り上げ、それを大掛かりなアクションを中心に据えて、その周りで様々なすばらしい展開があるというものです。送られて来たすべての脚本の中で、最も愉快で、興味深い、楽しいものでした。ですから、イエスと言うしかなかったのです。
アレクサンダーは肉体作りのトレーニングにしっかりと取り組み、アクションシーンも見事にこなしてくれました。しかし、撮影が進んで行くに連れてどんどん露になって行ってくるのは彼が内に秘めている、憂いです。それが脳裏に焼き付いて離れない。ターザンが子供の頃、動物達によって、いじめられたりしていました。猿達と仲良く一緒に育ったという様なロマンチックな見方は現実ではなく、実際のところ、そういう体験は彼にとってトラウマとなり、彼は心に傷を負っているのです。生き延びていかなければなりませんでした。アクション能力以外にも彼はそのような素質を持ち合わせていました。そんな彼をとても興味深いと感じ、心を動かされたのです。