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※ネタバレが含まれます
 魔法ワールドを舞台にした本作は、ヒーローらしからぬヒーローたちの活躍を描くアドベンチャー大作だ。ニュート・スキャマンダー率いる寄せ集めのチームが魔法界と人間界を救うため、一縷(いちる)の望みをかけて危険なミッションにのぞむ。各メンバーの役割を決め、極秘作戦を練るのは魔法界きっての策士—アルバス・ダンブルドア先生だ。
 ダンブルドアが魔法ワールドに初登場してから20年あまりがたつ。その間「ハリー・ポッター」の小説や映画で、もっとも威厳のあるキャラクターとして描かれ、愛されてきた。しかし、ダンブルドアには謎めいた過去がある。その秘密の過去が、このシリーズ第3弾で初めて明かされる。
「ダンブルドアはJ.K.ローリングの物語のなかで、とくに存在感のあるキャラクター。『ハリー・ポッター』の小説や映画をつうじてチャーミングで博識で茶目っ気があり、千里眼の持ち主として描かれてきました」と監督のデイビッド・イェーツは語る。「この作品の魅力のひとつは、ダンブルドアの青春時代を描いているところです。当時の出来事は、のちのダンブルドアの人柄を決定づけるんです」
 やがてホグワーツの校長になるこの人物を、前作に続いてジュード・ロウが好演している。「ダンブルドアの過去を一つひとつ明らかすることができて最高に楽しかった」とロウが振り返る。「前作にもヒントは出てきたけれど、今回はダンブルドアの青春時代にまでさかのぼり、ゲラート・グリンデルバルドとの接点や決別の経緯がつまびらかになるんだ。かつてダンブルドアはグリンデルバルドと同じようにマグルに対して極端な偏見をもっていたけれど、それが間違いであることに気づき、考えを改めた。でも、当時の苦い記憶が頭から離れず、グリンデルバルドとのつながりを悔いているんだ」
 製作のデイビッド・ヘイマンは「ハリー・ポッター」シリーズ第1作を含めて、魔法ワールドの全作品を手がけてきた。「この映画では忠誠心、誤った忠誠心、そして過去の間違いを正し、前を向く勇気をテーマにしています」とヘイマンは語る。「このテーマは非常に説得力があると思います。後悔のない人は一人もいませんからね。観客も大いに共感してくれるでしょう」
 マッツ・ミケルセン扮するゲラート・グリンデルバルドは過激な思想で暴動を企てたとして指名手配され、雲隠れしていた。そして今、再び姿を現わしたグリンデルバルドはまたもや謀略をめぐらせる。その目的は魔法界を手中に収め、マグルに全面戦争を仕掛けること。しかし、今度は法に背く代わりに法を悪用し、自分の都合で解釈を曲げる。だから、ますます危険なのだ。
 グリンデルバルドの野望を打ち砕くことができるのは、魔法界広しといえど、ダンブルドアしかいない。しかし、かつての友情のあかしがダンブルドアを引き留める。「“血の誓い”はゲラートとアルバスの絆のあかし。ふたりは若気の至りで誓いを立ててしまったんだ」とロウは説明する。「結局ふたりはたもとを分かつことになったけれど、今でも血の誓いをとおして腐れ縁で結ばれている。それがダンブルドアには非常にもどかしいんだ」
 チェスの名手でもあるダンブルドアは一計を案じる。そして、友人で元教え子のニュート・スキャマンダーを巻き込み、魔法使いと勇敢なマグルから成る少人数のチームを結成するのだ。「ダンブルドアのムチャぶりは今に始まったことではありませんが、そこが彼の愛すべきところです」とイェーツ監督は言う。
「このチームはどことなく“ダンブルドア軍団”を思い出させます」と製作のヘイマンは言う。ハリー・ポッターのファンにはなつかしいグループ名だ。「メンバー全員が、ある意味でアウトサイダーですが、それはJ.K.ローリング作品に通底するテーマのひとつです」
 本作はJ.K.ローリングによるオリジナル脚本を、ローリングとスティーブ・クローブスがさらに練り直して完成させた。ふたりとも本作で製作を兼ねている。クローブスも魔法ワールドと長いつきあいがある。「ファンタスティック・ビースト」シリーズの前2作で製作を務め、「ハリー・ポッター」シリーズでは7作品で脚本を担当した。イェーツはふたりのコラボレーションを「監督として、とても心強かった」と振り返る。「ジョー(J.K.ローリングの愛称)とスティーブのことは脚本家として、また仕事仲間として敬愛しています。どちらも非凡な才能の持ち主ですから、最強のコンビになりました」
 主人公の魔法動物学者ニュート・スキャマンダーを再演するエディ・レッドメインによると、ダンブルドアが作戦の実行役にニュートを指名するというパターンは変わらないが、ふたりの力関係には(多少の)変化がみられるという。「当初は恩師と教え子という間柄だったから、ニュートはダンブルドアの言いなりになるだけで本当のことを教えてもらえなかった。それが2作目の終盤で、ニュートは真実を求めてダンブルドアに詰め寄った。そして今回、ふたりの関係はさらに前進するんだ。ダンブルドアは相変わらず“すべて”を明かすわけではないけれど、話せる範囲で事情を話すようになる。そして今回もニュートを危険きわまりない冒険に送り出すものの、以前に比べて隠し立てをしないし、ニュートの裁量にまかせることも増えるんだ。その変化はクールだと思うよ」
 ニュート率いるチームに参加するのは兄のテセウス(カラム・ターナー)、ベテラン助手のバンティ(ビクトリア・イェーツ)、ユスフ・カーマ(ウィリアム・ナディラム)、マグルのパン職人ジェイコブ(ダン・フォグラー)といったおなじみの面々だ。さらに、前作でちらりと顔を見せた“ラリー”ことユーラリー・ヒックス(ジェシカ・ウィリアムズ)もメンバーに加わる。ユーラリーはアメリカのイルヴァーモーニー魔法魔術学校で呪文学を教えるチャーミングな教師で、気の乗らないジェイコブを説得し、魔法界に連れ戻す役目を引き受ける。
 ジェイコブはチームのなかで唯一のマグルだ。「だから、魔法の世界では右往左往するばかりです」とイェーツ監督は笑う。「このシリーズ3作目では魔法や珍騒動や楽しい場面をもっと増やしたいと思いました」
 製作のヘイマンも同感だ。「この作品の三本柱は感動、ユーモア、冒険です。シビアなエピソードも出てきますが、一方でやさしさと笑いとスリルにあふれている。もちろん、魔法も飛び交いますよ。だれもが魔法の世界に憧れると思いますが、『ファンタスティック・ビースト』シリーズはジェイコブだけでなく観客のみなさんを歓迎します。みなさんも魔法ワールドの一員ですからね」
 境遇も個性もバラバラの魔法使いが5人、そして目が泳ぎっぱなしのマグルが1人――こんな凸凹チームではグリンデルバルドの大陣営にかないそうもない。その陣営のなかには、悲しいことに、ジェイコブの最愛の女性クイニー・ゴールドスタインがいる。前2作に続いてアリソン・スドルがクイニー役を好演。また、グリンデルバルドの信奉者でクリーデンスとして知られる青年をエズラ・ミラーが再演している。クリーデンスの本名が“アウレリアス・ダンブルドア”であることはすでにご承知のとおりだ。
 興味深いのは、ゲラート・グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアが同じ事情を抱えていること。それぞれの目的は正反対だが、第三者を利用しなければ目的をはたせないという点で共通している。「グリンデルバルドはダンブルドアを直接攻撃することができない。だからといって、ダンブルドアがいたのでは絶対的な権力を手に入れることができない。そこでグリンデルバルドはクリーデンスに目をつけるんだ」とグリンデルバルド役のミケルセンが説明する。「作中には各キャラクターの思惑がはっきり描かれているけれど、問題は、それをどうやって達成するかということ。今回のストーリーはすばらしいと思うよ。魔法界の隅々にまで案内してくれるんだ」
 脇を固めるキャストもグローバルだ。アルバス・ダンブルドアの弟アバーフォース役にリチャード・コイル、グリンデルバルドの忠臣ヴィンダ・ロジエール役にポピー・コービー=チューチ、ミネルバ・マクゴナガル役にフィオナ・グラスコット、国際魔法使い連盟のアントン・フォーゲル議長役にオリバー・マスッチ、次期議長候補のビセンシア・サントス役にマリア・フェルナンダ・カンディド、ドイツ闇祓い局のヘルムート局長役にアレクサンドル・クズネツォフ。そして、キャサリン・ウォーターストン扮するティナ・ゴールドも顔を見せる。ティナはいまやアメリカ闇祓い局の局長だ。
 人間以外のキャラクターでは人気者のレギュラーがカムバック。二フラーの“テディ”は相変わらず光モノに目がない。ボウトラックルの“ピケット”は今回も有能な相棒としてニュートのそばを片ときも離れない。
 初登場の魔法動物もいる。なかでもストーリーの鍵を握るのが“キリン”という伝説のビーストだ。スクリーンには成獣と幼獣の2パターンが登場する。成獣は竜馬に似ており、玉虫色のうろこが柔らかい光を放つ。赤ちゃんキリンも似たような特徴をもつが、立ち座りは生まれたばかりの小鹿のようだ。魔法界で神獣とされるこのビーストは人の心を読み、本音を見抜く能力を備えている。その能力ゆえに世界征服をたくらむグリンデルバルドも、グリンデルバルドを阻止したいダンブルドアもキリンを必要とする。ほかにも、甲殻類のような猛獣“マンティコア”や変幻自在の空飛ぶビースト“ワイバーン”がお目見えする。
本シリーズの見どころのひとつが国境を超えたストーリー展開だ。「物語の舞台が変わるたびに登場する魔法動物が変わり、訪れる魔法省が変わる。今回の魔法省はベルリンにあります」と製作のティム・ルイスは言う。
 今回の冒険もまさに地球規模。中国から始まる物語は英国、ニューヨーク、ドイツ、オーストリアのアルプス地帯を経てブータンで幕を閉じる。また、なつかしいホグワーツ魔法魔術学校や近隣のホグズミード村が登場するシーンもある。
 スタッフは独自の魔法を使い、遠隔地のロケーションを忠実に再現。そのセットを英リーブスデンのワーナー・ブラザース・スタジオのサウンドステージや敷地に設置した。この撮影所は20年以上前から魔法ワールド作品の拠点になっている。
「J.K.ローリングが魔法界のスケールを広げてくれたおかげで、観客のみなさんを地球のあらゆる場所に案内できます」とイェーツ監督は言う。「今回の舞台は文字どおり世界です。雪の舞うベルリンからブータンの美しい山岳地帯にまでおよびます」
 その大舞台をイェーツとともにつくりあげたのが各分野のエキスパートだ。美術のスチュアート・クレイグは「ハリー・ポッター」シリーズの開始からJ.K.ローリングがイメージした魔法ワールドをかたちにしてきた。本作では「ハリー・ポッター」シリーズ全作でアート・ディレクターを務めたニール・ラモントとともに美術を担当。さらに撮影のジョージ・リッチモンド、イェーツ作品を数多く手がける編集のマーク・デイ、視覚効果監修のクリスチャン・マンズ、衣装のコリーン・アトウッド、音楽のジェームズ・ニュートン・ハワードがスタッフとして名を連ねる。
 ニュート役のエディ・レッドメインは、魔法界と人間界が隣り合わせに存在するというコンセプトに「当初から魅力を感じていた」と話す。「自分が住む世界のすぐそばに――その壁の向こうに別世界が広がっている。そのアイデア自体が魔法であり、冒険じゃないかな。童心に帰って、あらゆる可能性を信じたくなるよ。両世界の共存は英国以外の諸外国にも広がっている。その様子を想像すると圧倒されるね」
 冒頭シーンに登場するニュート・スキャマンダーは川を越え、竹林をかき分け、何かを探している。突然、特徴のある鳴き声が響き、ニュートは目当てのものに近寄る。それがキリンの出産だ。
「大自然のなかで魔法動物を追跡するニュートは、まさに水を得た魚。その姿をついにお見せすることができてうれしかった」とエディ・レッドメインは振り返る。「ふだんはひよわで人見知りなニュートが、フィールドワークに出ると人が変わったように本領を発揮する。そのギャップがニュートの魅力じゃないかな。僕は前々から“魔法動物学者として活躍する姿をもっと演じたい”と監督にお願いしていたんだ」
「エディはあらゆる角度から役を探り、どんな役でも自分のものにしてしまいます」とイェーツ監督は感心する。「エディがとくに熱心だったのは“学者ニュート・スキャマンダー”の知識と経験を披露することでした。この作品でニュートは密林に分け入り、世にも不思議なキリンという魔法動物を発見します。野山を駆けめぐるニュートを描くのは初めてでしたが、これから始まる冒険のイントロダクションとして楽しいシーンになったと思います」
 レッドメインもイェーツ監督に敬意を表する。「デイビッド(・イェーツ)とはクランクインの1~2カ月前からニュートの変化や成長について話し合ったよ。役は役者のものだということをデイビッドは分かっている。そして、僕たちの意見やアイデアをつねに歓迎してくれるんだ」
 いつものニュートなら、個人的にも学者としても純粋な興味をもってキリンを追跡しただろう。しかし、今は事情が違う。ニュートがこの聖獣に接近したのは恩師アルバス・ダンブルドアの指示を受けたからだ。魔法界では、まもなく国際魔法使い連盟の議長選挙が始まる。人の本心を見抜くキリンの能力が今ほど必要なときはない。そして、この選挙戦が魔法界全体を混乱に陥れる。「グリンデルバルドの支持が拡大するにつれて、脅威も拡大していくんだ」とダンブルドアに扮するジュード・ロウは説明する。「グリンデルバルドの狙いは、純血の魔法使いがマグルを支配する世界をつくること。そして、ダンブルドアはその野望を阻止すべく戦略を立てなくてはいけない。ところが、この件に関してダンブルドアが使える魔法は限られているんだ。そこでダンブルドアはつてを頼る。信頼に足る人材、そして、ある程度は自分の思いどおりに動いてくれる人材を集めるんだ」
「だけど、個人的にはこう考えたいね」とロウが続ける。「ダンブルドアは相手の可能性や潜在能力を引き出そうとしているのではないか。そして、その人が良識や正義感にめざめ、グリンデルバルドという脅威に立ち向かうだけの勇気を奮い立たせるように導いているのではないか。ニュートをはじめとするメンバーは義務だから集まったんじゃない。関心と問題意識があるからそうしたんだ。ダンブルドアは過去の秘密に“縛られている”わりには今を楽しみ、将来に希望をもっている。そこが興味深いね。魔術の名手として、ときに魔法で遊んだり、いたずらしたり――そういうダンブルドアの一面を大切に演じようと思ったよ。この男は極限状態でもピンチのときでもユーモアを忘れない。教師という職業柄、人は楽しいときこそ最大の力を発揮すると心得ているんじゃないかな」
 イェーツ監督はロウとのコラボレーションを「非常におもしろかった」と振り返る。「ジュードはダンブルドアのいろいろな側面を熱心に研究していました。ひとつは、ひょうきんで人好きのする、おなじみの顔。もうひとつは、めったに見せないけれど、心細さを抱える顔です」
「デイビッドはチームワークとスタッフをとても大事にしている。それはセットの中でも外でも変わらないよ」とロウが証言する。「しかも仕事の手際がいい。あまりにもみごとだから、本当は多忙な監督だということを忘れかけたこともあったよ。デイビッドは100の仕事を同時にこなしながら、役者に対してセリフの一字一句にまで的確な指示を出す。この作品は圧巻な映像も見どころだけど、デイビッドがいちばん気に入っているのは人間ドラマの部分だろうね。それは自信をもって断言できる。デイビッドはドラマを引き出し、役者をのせるのが抜群にうまいんだ」
「いつものことだけど、ダンブルドアの作戦には不透明なところがある」とニュート役のレッドメインは指摘する。「これまでニュートは事情も知らずに送り出されていたけれど、今回は多少なりとも情報を与えてもらうんだ。それをチームに伝えるかどうかはニュートしだい。『今度のミッションは何が起きるか見当がつかず、運まかせの部分もあるけれど、ダンブルドアが信じろと言っているから君たちも信じるように』と言えるかどうかだね」
 じつは作戦を不透明にすることも作戦のうち。“敵をあざむくには、まず味方から”というわけだ。「ダンブルドアはグリンデルバルドに予知能力があることを知っていますから、手の内を読まれないようにするにはグリンデルバルドを攪乱する必要があります」と製作のヘイマンは説明する。「ダンブルドアが作戦の全容を明かさないのでチームは少し戸惑いますが、とにかくダンブルドアを信じるしかありません」
 グリンデルバルドは、ダンブルドアが邪魔に入ることを承知のうえで信念を貫く覚悟だ。「この男の信念とやらもあながち不純とは言えない。目的を果たせば世の中が良くなるとかたくなに信じているからね」とグリンデルバルド役のミケルセンは言う。「ただ、そのやり方は万人が賛成できるものではないんだ」
 また、グリンデルバルドはかつての盟友を失い、一抹のさみしさを感じているとミケルセンは指摘する。「グリンデルバルドもダンブルドアもすぐれた魔法使いであり、昔は同じ夢を見る同志だった。ふたりは自分たちが理想とする世界をつくろうとしていたんだ。だから長いこと固い友情で結ばれていたけれど――結局、その友情は壊れてしまった」
「ふたりが交わした誓いをつまびらかにすることが大切だと思いました」とイェーツ監督は言う。「固い絆で結ばれた相手と決別するせつなさは全編をつうじて描かれますし、一部のキャラクターにとっては切実なテーマでもあります」
「グリンデルバルドはダンブルドアに未練があるんです」と製作のヘイマンがつけ加える。「しかし、その未練は恨みやつらみに変わりつつある。グリンデルバルドはダンブルドアが志を放棄したと思っているんです。しかし、魔法界の頂点をめざしながらも心のどこかでせつなさを感じている。それは失った者への哀愁でしょう。その相手は恋人も同然であり、同志であり、良きライバルでもあった。ふたりは名実ともに魔法界を代表する両雄として切磋琢磨していましたが、価値観の違いから決別した。今のふたりは、たとえ仲間に囲まれていても孤独を感じている。同じさみしさを共有しているんです。だからといってグリンデルバルドの罪が軽くなるわけではありません」
 イェーツ監督はグリンデルバルドに扮するマッツ・ミケルセンについて、「マッツはチャレンジ精神旺盛でチームワークを大切にする名優です。ご一緒出来て光栄でした」と話す。「ふだんは陽気な人ですが、カメラが回り始めたとたん、凄みのある表情を見せるんです」
 血の誓いが有効とはいえ、ダンブルドアはあなどれない相手だ。そう心得るグリンデルバルドは“オブスキュリアル”のクリーデンスをそそのかし、利用し、過酷な役目を強いる。オブスキュリアルとは“オブスキュラス”と呼ばれる破壊的な魔力を宿す魔法使いのこと。グリンデルバルドはクリーデンスを懐柔する決め手として、クリーデンスの実名であるアウレリウス・ダンブルドアを取り戻してやる。
「クリーデンスの身に起きることは諸刃の剣じゃないかな」とこの役を再演するエズラ・ミラーは分析する。「クリーデンスはグリンデルバルドからアイデンティティや使命をもらい、実力を認められる。でも、それと同時に心はかき乱れ、多くの迷いを感じるようになるんだ。なぜ自分はこういう立場にいるのか。その疑問が頭から離れず、体の異変に不安をおぼえる。クリーデンスはありえないほど長い間オブスキュラスを宿して生きてきた。そのせいで心身ともにむしばまれてしまうんだ。念願だった居場所やアイデンティティを手に入れたのだから、もっとらくに生きられそうなものだけど、現実はそうじゃない。今の居場所はクリーデンスが求めてきたものとは違うからね。クリーデンスはうすうす現実に気づき始めるんだ――それも本能のレベルで。そして最後は自分がだまされていたことを知るんだよ」
 クリーデンスの葛藤を捉えることができたのはイェーツ監督のおかげとミラーは言う。「クリーデンスが抱える複雑な心境をどう表現したらいいのか。それについては監督とずいぶん話し合ったよ」とミラーは振り返る。「クリーデンスが残酷な現実に気づく姿は痛々しい。でも、その気づきが本当の自分や自分のルーツを知る一歩になるんだ。イェーツ監督は人心の機微にたけているから、こういうとき――とくにキャラクターの心情について相談するときは頼りになるんだ。クリーデンスを突き動かしているものは一つじゃない。さまざまな思いがせめぎ合っている。たとえ矛盾する感情であっても、その一つひとつを受けとめたいと思ったよ」
「エズラはどんなシーンでも全身全霊で演じてくれました」とイェーツ監督は話す。「エズラは想像力が豊かで恐れを知らない。クリーデンスというキャラクターを徹底的に掘り下げてくれました」
 また、クリーデンスはクイニー・ゴールドスタインに親近感をおぼえるが、「それはどちらもアウトサイダーだからよ」とクイニー役のアリソン・スドルが指摘する。「ふたりはさんざん傷ついたすえに一線を越える決断をしてしまった。前作でクイニーが選んだ道に多くの人が驚いたと思うけれど、私自身も戸惑ったわ。けれども、それがクイニーの生き方。つらいことがあると、助けも応援も求めずに孤軍奮闘してしまうの」
「クイニーは自分らしく生きることができず、愛する人を自由に愛することもままならくなって、魔法界や姉のティナにも失望したわ」とスドルが続ける。「その結果、グリンデルバルドを信じるという間違いを犯してしまった。グリンデルバルドならもっといい選択肢を示してくれると思っていたのに、彼はクイニーの弱みにつけ込み、耳ざわりのいい言葉を並べ、クイニーが大切にしてきた人やものからクイニーを引き離してしまった。グリンデルバルドは相手の願望を見抜き、食いものにする。だから、こんなにも危険人物なの。現実の世界でも、似たような罠にはまる若者がたくさんいるでしょう。私たちは自分の願望と対話することを教わってこなかった。むしろ、自分を抑えて周囲に合わせることを学んできたわ。自分の心をごまかすには相当なエネルギーが必要だし、心を置き去りにすれば、だれかにつけ入られるかもしれない。この作品の冒頭でクイニーは激しく葛藤し、自分自身や大切な人たちとの接点を見失っている。あの瞳の輝きはまだ消えてはいないけれど、消えかかっているのはたしかね。信じた相手の本性がだんだん見えてきたのよ。だけど、クイニーは身動きがとれない。あらぬ世界に迷い込んでしまい、へたなマネをすれば命はないの。それは判断を誤った代償であり、道を踏み外した報いなのかもしれない。クイニーは進むことも戻ることもできなくなっているのよ」
 グリンデルバルドはクイニーの葛藤に気づかぬわけではないが、気にとめるようすもない。「敵か味方か分からない相手だからこそ、洗脳のしがいがあるんじゃないかな」とマッツ・ミケルセンは言う。「丸め込めればしめたものだし、たとえできなくても――まあ、古いことわざにもあるように“敵は近くに置く”のが正解だからね。それに、クイニーは重宝なんだ。クイニーは開心術の使い手で相手の心が読めるから、グリンデルバルドにとって大きな武器になる。いつ裏切りに遭うか分からないのもスリリング。グリンデルバルドはそういうゲームが好きなんだ」。そう言って、ミケルセンはニヤリと笑った。
 喪失感と後悔にさいなまれているのはクイニーだけではない。そのころニューヨークでは、繁盛していたジェイコブのパン屋がすっかりさびれ、ジェイコブ本人も元気がない。「前半のシーンに出てくるジェイコブの店は閑古鳥が鳴いている。それはジェイコブ自身の心の表われだよ」とこの役を演じるダン・フォグラーは言う。「最愛のクイニーと別れてから、ジェイコブは変わってしまったんだ。失ったものはあまりにも大きい。クイニーだけでなく、パン作りに対する興味までなくしてしまったからね。ジェイコブは恋の痛手にうちのめされているんだ」
 それでもジェイコブは勇気と人間性だけは失わなかった。店の向かいの歩道で女性が絡まれているのを見れば、たとえ相手が3人だろうと、ためらいもなく止めに入る。「ジェイコブに残されたものはウィットとハートくらいだけど、じつは勇敢なところもある」とフォグラーは指摘する。「いつだったかホグワーツの組み分けについてみんなで話していたとき、『ジェイコブは料理や菓子作りが好きだからハッフルパフだよね?』とJ.K. ローリングに確認したんだ。そうしたら『とんでもない。ジェイコブは元軍人だからグリフィンドールよ』と言われて目からウロコが落ちたよ。ジェイコブが自分自身をどう見ているのか分かった気がしたし、役作りのヒントにもなった。ジェイコブはパン職人である前に戦う男なんだ。それってカッコいいよね」
 ジェイコブが助けようとした女性は絡まれていたのではない。たまたまそこを通りがかったわけでもなかった。「彼女の正体は“ラリー”ことユーラリー・ヒックス。イルヴァーモーニー魔法魔術学校で呪文学を教える先生よ」とユーラリー役のジェシカ・ウィリアムズは説明する。「ユーラリーはジェイコブを迎えに来たの。魔法界に連れ戻すように指示を受けてね。案の定、ジェイコブは断るけれど、それでもユーラリーは今回のミッションに彼が必要な理由を説明し、良心に訴え、一緒に来るよう説得するわ」
「ユーラリーは事の重大さを分かっているのよ」とウィリアムズは続ける。「だからダンブルドアに信用され、頼りにされている。ユーラリーははっきり物を言うし、意識が高いし、自立心がある。当時の黒人女性の鑑じゃないかしら。ひょうきんで素直なところもあるし、驚くほど聡明なの」
 ウィリアムズが魔法ワールド作品に本格的に参加するのはこれが初めてだが、ファンとしてJ.K. ローリングの世界に親しんできた歴史は長い。「小さいころから『ハリー・ポッター』の小説を愛読してきたわ。みごとなストーリーはもちろんのこと、だれもが魔法を使えるという作品のメッセージに夢中になったの。だから『ファンタスティック・ビースト』シリーズに参加できて夢みたい」
 イェーツ監督もウィリアムズを歓迎した。「ジェシカ(・ウィリアムズ)を魔法ワールドの一員に迎えることができて幸いでした。女優兼コメディエンヌのジェシカは撮影現場のムードメーカーで、ユーラリーという役どころをはつらつと演じてくれました」
 ユーラリーは“姿現わしの術”を使い、ジェイコブとともに魔法界に移動する。移動した先は豪華な列車の客室だ。ダンブルドアが集めたチームはこの列車に乗り、ベルリンに向かう。ニュートはジェイコブとの再会に大喜びするが、それはニュート役のレッドメインも同じだ。「ニュートとジェイコブの友情は、このシリーズの見どころでもある」とレッドメインは言う。「今回はふたりが絡むシーンはあまりないけれど、僕もダン(・フォグラー)も限られた時間のなかで、ふたりの友情を表現したつもりなんだ」
 ダンブルドアは各メンバーに役目を割り当て、一部のメンバーに特別な贈り物を用意していた。ジェイコブもプレゼントにあずかる一人だ。「ニュートがジェイコブに魔法の杖を差し出す場面は、いい感じに仕上がっていると思う」とダン・フォグラーは明かす。「ジェイコブは鍋を持ったまま魔法界に連れて来られるけれど、ニュートから杖を受け取り、鍋を置くんだ。あれはじつに象徴的なシーンだね。パン職人の道具から魔法使いの道具に持ち替えるんだから。そういうわけで、僕もいよいよ魔法の杖を手にすることができて光栄だったよ。あの杖には大、大、大満足。分かるよね?」とフォグラーは笑う。「もし魔法の杖を1本もらえるとしたら、あの杖を強くお薦めするよ」
 ニュートのそばに有能な助手バンティ・ブロードエーカーがいるのはなんら不思議ではないが、このミッションで彼女に指示を出すのはダンブルドアのほうだ。ダンブルドアはバンティを見込んで重要な役目をまかせる。「ニュートの優秀な右腕はニュートの熱狂的なファンでもあるの。だけど、ニュートは女心にうといのよ」とバンティ役を再演するヴィクトリア・イェーツは語る。「バンティは誠実で頼りになるし、実務にたけている。だから、ダンブルドアに見込まれたんでしょうね――バンティになら安心して大役をまかせられる、与えられた仕事をひるむことなくまっとうしてくれると。今回はバンティが活躍する姿をお見せできて、うれしいわ。私は“見かけによらない”キャラクターを演じるのが好きなんだけど、バンティはまさにその一人ね」
 前作に続いて登場する謎多きキャラクター、ユスフ・カーマもチームの一員だ。カーマはフランス系アフリカ人の魔法使いだが、個人的な理由からチームへの参加を決意する。「ユスフは父親違いの妹リタ・レストレンジをグリンデルバルドに奪われた。たった一人の肉親を目の前で殺されたんだ」とカーマ役のウィリアム・ナディラムは言う。「でも、ユスフには新しい家族ができる。リタをとおしてニュートやテセウスと出会えたからね。これもフランス語で言う“par la force des choses”――“めぐりあわせ”じゃないかな。ニュートたちがグリンデルバルドと戦うことを知り、ユスフも力になりたいと思うんだ。それが彼にとって人生の第2章になる」
 リタはニュートの初恋であり、長年の友達でもあったが、のちにニュートの兄テセウスと婚約。リタの死は「ニュートにとってもテセウスにとっても大きなショックだった」とテセウス役のカラム・ターナーは言う。「けれども、その悲劇をきっかけとして疎遠で不仲だった兄弟が再び交流するようになった。きょうだいや親子の仲はややこしいよね。ニュートとテセウスの関係も簡単にこじれてしまったけれど、ふたりが仲直りをして力を合わせれば、計り知れない相乗効果が生まれる。打倒グリンデルバルドも夢じゃないんだ」
 「血のつながり以外に共通点のない兄弟の情をどう表現したらいいのか。そこが課題の一つだったよ」とニュート役のレッドメインは言う。「ニュートとテセウスもそんなタイプの兄弟なんだ。お互いを思いやる気持ちはあるのに、価値観がまるで違う。カラム(・ターナー)と兄弟の役を演じることができて光栄だよ。僕はカラムの大ファンだからね」
「エディとは役柄をとおして兄弟のようになったんだ」とカラム・ターナーも証言する。「エディと共演するのは楽しいし、このシリーズを一緒につくるのも楽しいよ」
 ダンブルドア兄弟のアルバスとアバーフォースにもあつれきがある。その原因は積年の不満と、妹のアリアナにまつわる悲劇だ。「アバーフォースは兄貴の陰として生きてきた。そのことに大きな不満があるんじゃないかな。兄のアルバスは高名で人望が厚いからね」とアバーフォース役のリチャード・コイルは指摘する。「お互いに口には出さないけれど、相手に対していろんな思いがある。それがふたりのあいだに影を落としているんだ。ダンブルドア兄弟の独特の関係性についてはジュード(・ロウ)といろいろ検討した結果、今のかたちに自然と落ち着いたよ。ジュードにも僕にも兄弟がいるから、つまらない意地の張り合いはおぼえがあるし、役作りの参考にもなったんだ」
 コイルが続ける。「アバーフォースを演じることができて光栄だよ。ダンブルドア家の一員であり、『ハリー・ポッター』シリーズにも登場したキャラクターだからね。それに、若いころのアバーフォースという設定もおもしろいと思ったんだ。アバーフォースは由緒あるキャラクターだけに責任を感じたよ。このキャラクターのエッセンスをきちんと捉えなければ、魔法ワールドのファンやJ.K.ローリングやアバーフォースに申し訳ないと思ったんだ」
 「家族間のトラブルは、だれにでも心当たりがあると思います」と製作のヘイマンが話す。「どんなに仲の良いきょうだいでもケンカした思い出や不仲だった時期があるはずで、それが現在の関係に響くこともある。ですから、この作品は“家族”の物語なんです。この場合の家族は親きょうだいだけではありません。魔法界を守るために結束して戦う友人や仲間ことも指しています」
 その戦いの鍵となるのが「国際魔法使い連盟の次期議長選挙です。この選挙で魔法界の新しい指導者が決まります」とイェーツ監督は説明する。「ダンブルドアはニュートにメッセージを託し、現議長のアントン・フォーゲルのもとにニュートを送り、グリンデルバルドを選挙に絡ませないよう忠告します。そんなことになれば次々と災いが発生し、魔法界はおろかマグルの世界までもが大混乱に陥ってしまう。肝心なのは、メッセージにあるとおり、“楽な道ではなく、正しい道を選ぶこと”です」
「フォーゲルは、グリンデルバルドの支持者たちが通りを埋め尽くす様子を目の当たりにするんだ」とフォーゲル役のオリバー・マスッチが語る。「そして、グリンデルバルドの出馬を正式に認めなければ、暴動が起きるかもしれないと恐怖を感じる。ここでフォーゲルは大きな決断を迫られるんだ」
 すでに公認候補となっているのが中国のリュー・タオとブラジルのビセンシア・サントスで、ともに有力視されている。「サントスはエネルギッシュな女性なの」とこの役を演じるマリア・フェルナンダ・カンディドは言う。「スクリーンに強い女性が登場するのは大歓迎。ブラジルでは『魔法ワールド』シリーズの人気が想像を絶するほど高いの。ブラジルのファンは、サントスが同郷のキャラクターと知って大喜びすると思うわ」
「今回もすばらしいアンサンブル・キャストに恵まれました」とイェーツ監督が出演者を讃える。「一人ひとりが、後世に残る作品に出演しているという強い自覚をもっていました。セットには魔法のようなエールの交換があったんです。熱演を披露するキャストに対し、スタッフは最高の現場を提供することでこたえようとしていました――メインキャストから出番の少ない出演者にいたるまで一人ひとりに対してね」
「ファンタスティック・ビースト」シリーズの伝統にのっとり、本作にも新旧さまざまなビーストがお目見えする。なかでもストーリー展開にいちばん深く絡むのが“キリン”だ。「キリンはメインキャラクターのひとつと言っても過言ではありません」と製作のティム・ルイスは指摘する。「ジョーが書いた脚本のなかには、このビーストに関する詳細な記述がありましたが、それはあくまでもスタートライン。そこから長いプロセスを経て、ようやく最終的なデザインが決まりました」
 キリンのモデルは伝説に出てくる同名の架空動物だが、「それがやっかいでした」と視覚効果監修のクリスチャン・マンズは明かす。「こういう幻獣は実在の動物を掛け合わせたような姿をしているものが多い。しかも、キリンには諸説あります――鹿にそっくりだとか、角が生えているとかいないとか、頭はライオンだとか。ですが、作中に出てくるビーストたちはマグルが気づかないだけで、自然界に実在している――それが我々の理解でした。魔法動物と幻の動物はじつは紙一重の差なんですよ」
 本作に登場するキリンの成獣は馬やトナカイをイメージさせる竜だ。全身を覆う玉虫色のうろこが神々しい光を放つ。赤ちゃんキリンも似たような姿だが、モデルにした動物は別にいる。「本作でアニメーション監修を務める、視覚効果工房フレームワークのネイサン・マクコネルがディクディクという小型のアンテロープを見つけました」とマンズが続ける。「この草食動物は鼻口部が特徴的。アリクイの鼻を短くしたようなめずらしい形をしています。ときに自然の造形は人間の発想を超えますから、赤ちゃんキリンのデザインとして拝借することにしました」
 キリンの存在は魔法界の指導者選びを左右する。「キリンは相手の心を読み、腹の中がきれいかどうか本能的に察知します」とイェーツ監督は言う。「魔法界では過去の選挙でもキリンを重用してきました。候補者を一列に並べて、一人ずつキリンと対面させ、キリンがうなづくかどうか反応をみる。それによって有権者の判断が変わるんです」
“マンティコア”という魔法動物にも大人と子供の別はあるが、キリンと共通しているのはその一点だけ。おとなしいキリンとは対照的なビーストだ。しかし、その気性がイェーツ監督の狙いだった。「『たまには目先を変えて恐ろしいモンスターを登場させよう!』とジョー、スティーブ(・クローブス)、デイビッド(・ヘイマン)に提案しました」とイェーツは振り返る。「作中の魔法動物はたいてい気立てが良く、茶目っ気があり、愛嬌者ですが、マンティコアが出てくるシーンだけはコメディともホラーともつかないギリギリの演出に挑戦しました。個人的に好きなシーンです」
 マンティコアはカニとエビを足してサソリで割ったような風貌だ。よく見ると、ビー玉のような目が3つ付いている。この見た目も中身も“非人間的”な猛獣は、じつは刑務所の看守だ。あいにく、この刑務所にテセウス・スキャマンダーが投獄される。「巨大な母マンティコアは刑務所の奥に棲みつき、腹を空かせた子供たちが無数にいます」とイェーツ監督は説明する。「母親が子供にエサを与えるようすはゾッとしますが、どこか笑えるんです」
 今までテセウスはニュートが選んだキャリアをバカにしてきたかもしれないが、もはやバカにはできない。ニュートはテセウスの救出に駆けつけ、魔法動物学者ならではの知恵を使って、子マンティコアたちの注意をそらそうとする――文字どおり、体を張って。「おかげでニュートは恥ずかしい踊りを披露するはめになるんだ」とエディ・レッドメインが笑う。「このシリーズでは、僕がバカをやるのがお約束になっているよね(笑)。たいていはヘンな動作だけど」
 イェーツ監督がレッドメインの奮闘ぶりを語る。「腰をくねらすことが大変な動作には思えないかもしれませんが、何度もテイクを重ね、7時間近く続けていれば、さすがにキツイ。それでもエディはいっさい手を抜かず、一日の撮影が終わるころにはフラフラになっていました。それがエディです。最高のシーンにするためなら、どんな苦労も惜しみません」
“ワイバーン”という空飛ぶビーストも初登場するが、すきあらばニュートのスーツケースから脱走しようとする。この変幻自在な翼竜をデザインしたのもマンズ率いる視覚効果チームだ。「メンバーのひとりが妙案を思いついたんです――ひとりでに膨らみ、空中に舞い上がるドラゴンにしたらどうかと。要するに、熱気球と同じです。奇抜だけれど楽しいアイデアだと思いました。空中に上がったワイバーンは再び姿を変え、今度は翼を広げて胴体を縮める。尾が長く、体重の何倍もの重いものを運ぶことができます」
 今回もニュートの冒険の相棒になるのは勇敢で機転のきくボウトラックルの“ピケット”と、やんちゃなトラブルメーカーの二フラーの“テディ”だ。「ピケットは頼りになる助っ人。テディは相変わらず目を釘付けにするけど、ニュートにとって頭痛のタネなんだ」とレッドメインは言う。「どちらも気まぐれでいたずら好きだけど、ネタバレなしで言うと、今度のふたりはヒーロー級の大活躍をみせるよ」
 そして、おなじみの“不死鳥”もスクリーンに舞い戻ってくる。不死鳥は魔法ワールド・ファンのあいだで抜群の人気と知名度を誇るが、本作ではクリーデンスにゆかりの深いビーストとして登場。その姿はクリーデンスの心理状態をそのまま反映している。「晩年を迎えた不死鳥を描きたかったので、赤など生命力を感じさせる色味を抑え、代わりにグレーを増やしました。翼の一部が焼け落ち、飛行しながら灰を降らす。基本的なデザインは過去の不死鳥と同じですが、いつになく弱った印象です」
 今回の撮影現場でもトム・ウィルトン率いるクリーチャー・チームがキャストとスタッフをサポートした。チームが提供した各ビーストの立体モデルは実際に触れて動かすことができる。俳優陣はモデルを相手に演技に臨み、イェーツ監督と撮影チームはモデルを参考にしながら各シーンのフレーミングやカット割りを検討した。
 本作の舞台は、3つの大陸の6カ国にまたがっている。だが、実際の撮影はそれよりもかなり狭いスペースでおこなわれた。才能と創造性にあふれる制作部門のリーダーたちとスタッフのおかげで、主要な撮影のほとんどがイギリスのワトフォードにあるワーナー・ブラザース・スタジオ・リーベスデンの広大なバックロットと複数の防音スタジオでおこなわれた。
 「すばらしく優秀なチームがこの映画に命を吹き込んでくれた」とイェーツ監督は語る。「このような大規模な映画をつくるのは、非常に難しい挑戦なんだ。だが、信頼のおける人々が集うチームと一緒に制作や問題解決に取り組めば、お互い助け合うことができて作業を円滑に進められる。私がこれほど長く『ファンタスティック・ビースト』シリーズに携わっている理由の一部は、心から尊敬し、大好きな人々とコラボレートしているからなんだ」
 映画の魔法界で比類なき芸術的レガシーを創出し続けている伝説のプロダクションデザイナー、スチュアート・クレイグは、仲間のデザイナーであるニール・ラモントとともに国際色豊かなセットをデザインした。製作のヘイマンはこう語る。「20年以上にもわたり、スチュアート・クレイグとともに仕事をするという幸運に恵まれてきた。世界一とは言わないまでも、彼は最も優れた現代のデザイナーのひとりだと思うよ。並外れた才能で彼がつくり出す世界は、瞬時にすばらしいと感じられ、さらに手で触れられそうなほど実在感があるんだ。ジョーの世界観の構築とそこにいるキャラクターづくりの秘訣のひとつは、実在感があることだと思っている。そしてスチュアートが手がける美術は、自然の要素と幻想的な要素の両方を捉えていて、常に実在感を放っているんだ」
 また、ラモントはこう語る。「私たちはスチュアートのことを親方と呼んでいる。本作の美術を共同でデザインしたとは言え、私たちは常に師弟関係にあるんだ。本作で、私は修行の最終局面を迎えた気がしている。日々彼から新しいことを学び、それらは今後の私の仕事に大いに影響し役立つと分かっていた」
中 国
 ニュートは、人里離れたアジアの山岳地帯でキリンを探しだす。その環境を忠実に再現するために、貴重な動物を探すニュートの冒険に完璧な背景を求めて少人数の制作チームがロケハンの旅に出発した。ベトナムとの国境付近の中国南部にある德天瀑布と漓江は、まさに本作の舞台にふさわしい風景を提供してくれた。美術のラモントはこう述べる。「漓江は石灰岩が溶けて形成されたカルスト地形と、長い年月と鉱物によって縞模様が入った彫像のような絶壁に囲まれた息を飲むほど美しい場所だ。また、德天瀑布は、緩急さまざまに流れる滝が幾重にも連なる壮観な眺めだ」さらに真ん中に月のような穴が開いた巨大な丸みを帯びた石灰岩の洞窟である月亮山は、キリンの巣のひな型となった。
 視覚効果監修のマンズはこう語る。「ロケハンでは、付近でドローンを飛ばしてこの環境の規模を把握し、撮影した映像を持ち帰りプリビジュアライゼーション(事前映像化)のベースを形成したんだ。そして各地を詳細に把握するために現地チームを2週間雇用した。私にとって、リアリティを感じられることが大切な基準だからね。そこで、できるだけたくさんの写真を撮り、セットのデジタル部分を作成する際に必要となる資料がすべて揃うようにした。実際につくることができるセットと、ポストプロダクションで視覚効果チームに委ねる部分とをうまく一体化させることが重要なんだ」
 また、ラモントでさえ、バックロットに実際の滝をつくりたいと言われたときは驚いたと認めてこう語る。「『滝をスキャンすれば、独自の德天瀑布がつくれる』と言われたんだ。私は“なんてこった!イギリスにその滝をつくるのか”と思ったよ。帰国後、計画を立てて必要な高さを試算し、模型をつくった。そしてこの見事な滝が完成したんだ。もちろん、特殊効果チームにも参加してもらった。私は『どうやってこのセットに大量の水を汲みあげるんだい?そもそもそんなことできるのかい?』と尋ねたら、彼らは私を見つめて『もちろん、大丈夫だ』と答えた。ほかの部門から自然な流れで助けてもらったことに驚いたよ」
 滝のセットは、高さ40フィート(約12メートル)で、その上部は30フィート(約9メートル)の竹が生い茂っている。特殊効果監修のアリスター・ウィリアムズが率いるスタッフは、美術チームとタッグを組み、滝に命を吹き込んだ。8台の大容量水中ポンプからそれぞれ毎秒440リットルの水を供給し、滝を再現した。これらのシーンの撮影は11月半ばの寒い季節の夜におこなわれたので、水は人が心地よいと感じる82ºF(28℃)に温められた。これにはレッドメインが大変喜んだ。ニュートはしばらくの間水中に沈むことになるからだ。
 レッドメインは感激してこう語る。「『ファンタスティック・ビースト』シリーズ全作品で、いくつかのとてもすばらしいセットを見てきたが、リーベスデンのスタジオに入り、この滝と竹で覆われた大きな山々を見たときは、心底驚いたよ。現場にいるのに、夢を見ているんじゃないかと思うぐらい見事なセットだった」
ニューヨーク
 映画は、少しの間ニューヨークのクイーンズ地区に立ち寄る。この街でラリーがジェイコブに自分と一緒に魔法界へ戻るように頼み込む。
 幸運にも、シリーズ1作目『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』で使用されたニューヨークのセットのほとんどが倉庫に保管されていたので、美術部門のスタッフは、そのセットを復元することができた。ただし、そこにはある大きな変化があった。ニュートの魔法動物の形をした焼きたてのパンと甘いペストリーを提供し、繁盛していたジェイコブのベーカリーは経営難に陥っていた。これは、国じゅうを襲った世界大恐慌と、失恋により絶望の淵にいるジェイコブの心を反映している。
ホグワーツとホグズミード村
 魔法界のすべての冒険の起点であるホグワーツを再訪することは、制作陣、キャスト、そして観客にとって、どんなときも喜ばしいことである。大広間や必要の部屋など、今はもう残されていないセットはデジタルで復元された。実際、必要の部屋のセットに存在したのは、部屋の名前が示すとおり、チームが必要とした床とブータンの大きなマニ車だった。
 ダンブルドアのオフィスは、彼がのちに校長になったときに持つことになるような部屋ではない。「みんなが知っている『ハリー・ポッター』シリーズの校長室のように人目を引くオフィスではないんだ」と美術のラモントは言う。「だが、スチュアートは校長室とまったく同じ雰囲気をもち、同じスタイルの高級家具が配置された部屋をデザインした。そして、のちの校長室と同じように小塔がついているんだ」
 ロウはこう語る。「ダンブルドアがいちばん心休まる場所だと思うから、ホグワーツへ戻るときはとても嬉しくなる。そこは彼が世界から逃げ込むための聖域なんだ」
 リーベスデンスタジオで大人気のハリー・ポッター・ツアーには、映画でなじみのあるいくつかのセットが登場する。このツアーは、ホグズミード村を再現するのに非常に役立つ情報を提供してくれた。視覚効果監修のマンズはこう語る。「ツアーでは、ホグズミード村のすばらしい模型が見られる。私たちはそれをスキャンし、村全体をつくるための基盤にしたんだ」
 完成したセットにキャストたち、なかでもある熱烈なハリー・ポッターファンが大喜びした。その張本人ジェシカ・ウィリアムズはこう語る。「小説全巻を読み、映画全作を観た私にとって、これらのセットのなかにいることは夢のような体験だった。これほど没入感を感じたことは今までになかったわ。2カ月間、セットのなかを歩くたびに、“うそみたい!私たち、ホグズミードにいるのよ!”と感激していたの」
 村のなかには、アバーフォース・ダンブルドアがオーナーで運営もしているホッグズ・ヘッド・インがある。このパブ兼宿屋のセットは3つに分かれていた。外観はバックロットに、そして1階のパブを含む2つの室内のセットは同じ防音スタジオ内に建てられた。アバ―フォース役のリチャード・コイルは振り返ってこう語る。「まるで本物のパブのようだった。暖炉のそばの席に座って一杯飲みたい気分になったよ」
 また、イェーツ監督は、撮影のジョージ・リッチモンドによる照明が店の雰囲気に趣を添えたと述べる。「ジョージは『ハリー・ポッター』全シリーズの大ファンで、その愛情を仕事に注いだ。たとえば、彼が施したホッグズ・ヘッド・インの茶褐色で温かみのある照明が醸し出す雰囲気は、観る者をたちまち過去の作品へと連れ戻すんだ。シーンに込められた感情の機微をちゃんと理解している才能豊かな撮影監督だ。そして私とスタッフ全員にとってすばらしいパートナーでもある。美しい映画に仕上げてくれた」
ベルリン行きの列車
 列車の中で初めてチーム全員が揃う。この列車でドイツへと向かう途中、ニュートはダンブルドアの計画をみんなに話す。後部に何の変哲もない荷物専用車がついたこの列車は、マグル界では典型的な旅客列車だ。「しかし」とラモントは説明する。「ひとたび中に入ると、そこは一等客車の広さになる。隅々までアールデコ様式のデザインにこだわり、舞台が1930年代に突入し、前作より時代が進んだことを表現しているんだ。色彩豊かだが上品な内装にしている」
 この豪華な車両は、バーズアイメープル(鳥眼杢)のパネルが壁一面に張りめぐらされ、黒とブロンズの象嵌細工とゴールドのリーフパネルで装飾されている。バーとテーブルの側面には縦溝彫りのパネルが張られ、トップはブロンズの縁取りがある黒い大理石である。そして赤いレザー張りの座席が配置されている。さらに、斬新な移動手段の役割をする黒い大理石の暖炉がある。客車のセットは特撮用のモーションリグの上に建てられ、列車が線路上でガタンゴトンと揺れる動きを再現した。
 「魔法の列車はハリー・ポッターからの歴史がある」とイェーツ監督は述べる。「実際にどこかを走っていそうな列車に見えるが、観客をある場所から次の舞台へと連れていくとき、本当に魔法がかかったと感じられるんだ。車両のセットは俳優たちのお気に入りのセットのひとつだ」
ドイツとオーストリア
 ベルリンに到着すると、カーマとバンティはダンブルドアからの指示により、別々の行き先に向かう。そのほかの者たちはドイツ魔法省を目指す。ここで非魔法界から魔法界を隠しているレンガ造りの壁を通り抜けることになる。
 魔法界では、来たる選挙の各候補者の支持者たちが応援のために結集している。そのなかでも、ゲラート・グリンデルバルドの信奉者の派閥が勢いを増している。候補者たちのカラフルな垂れ幕をつくったのは、MinaLimaとして知られているグラフィックアーティストのコンビ、エデュアルド・リマとミラフォラ・ミナである。ふたりは、すべての「ハリー・ポッター」映画と「ファンタスティック・ビースト」映画のグラフィックデザインを手がけている。
 堂々としたドイツ魔法省の外観デザインは、「これまで登場した魔法省とはまったく違うんだ」と美術のラモントは語る。「1920年代初期に建てられたハンブルグにあるV字型のチリハウスと、1930年代~40年代のドイツの新古典主義建築の影響をかなり受けている。ファサードは藍色のレンガでつくられ、中庭にはドイツの大衆文化を象徴するキャラクターたちをかたどった巨大な像が並んでいるんだ」
 視覚効果チームの仕事は、実際のセットを拡張することが常であり、魔法省のセットについても例外ではなかった。それにもかかわらず、マンズはこう述べる。「ドイツ魔法省の外観はとにかく巨大で、最も難しい仕事のひとつだった。魔法省の段ボールの模型の周辺に立ち、どのように撮影しようかと計画を立てていたとき、急に“うわあ! これはめちゃくちゃ大きいぞ”と実感が沸いてきたんだ」具体的に説明すると、実際に建てるとしたら、建物の柱だけでも高さは90フィート(約27メートル)になるということである。
 また、大規模なデジタル拡張画像を想定するにあたり協力を得られたとマンズは語る。「フレームストア(イギリスの視覚効果制作会社)が、Farsightという可視化ツールを用意してくれたんだ。おかげで、セットに立ちタブレットをかざすと、どの位置からでもデジタル生成されたセットを見ることができた。俳優、デイビッド、撮影監督、そして美術部門にとって非常にありがたいツールだった」
 魔法省のダンスホールのセットも外観と同様に大きく、リーベスデン最大の防音スタジオのスペースをフルに使用した。美術部門は、黒と白の人工大理石で床と壁を、柱を赤い大理石で仕上げた。天井のコーニスは、ゴールドリーフで覆われた。また、ピエール・ボハンナ率いる小道具部門は、それぞれ250個のライトがついた4つの豪華なシャンデリアをつくった。さらに、魔法界の神話のキャラクターたちが描かれた2種類の巨大な油絵3連作が壁に飾られた。そして視覚効果によって絵を動かし、仕上げに稲妻を発生させた。
 だが、嵐は絵画のなかだけにとどまらなかった。候補者たちの晩餐会で暗殺未遂事件が起きたのち、魔法の杖が振りかざされることで竜巻が発生し、すべてのものが舞いあがるシーンがある。「とても面白いシーンなのだが、大変な作業だった」とマンズは詳しく説明する。「シャンデリアからアスパラガス、ロブスター、あらゆる陶器、グラス、銀食器にいたるまで、すべてのものをスキャンし、デジタル版のそれらを嵐のなかで吹き飛ばしたんだ」
 リーベスデンのバックロットに建てられたベルリンの街路は、ダンブルドアとクリーデンスとの激しい対決の場所となる。このシーンを振り付けするにあたり、スタントコーディネーター監修のロウリー・イルラムは、ふたりから各キャラクターの気質を反映させたいと言われたと語る。「ダンブルドアは感情の抑制が利き、クリーデンスは少し未熟で短気だ。私たちはこの要素をアクションに取り入れようとした。実際、彼らの動作の裏には感情的な意味があるんだ」
 エズラ・ミラーはこう語る。「ふたりの対決はかなり激しいが、とても強い感情的な動機があるんだ。私たちは、衝突するふたりの背景にある物語を伝えられるような振り付けを編み出すのに全力を注いだ。極めて強力なパワーをもつ熟練の魔法使いと、まったく未熟だが自分のなかに宿るオブスキュラスが放つ力を操る魔法使いの対決だ。最高にかっこよくて、わくわくする経験のひとつだったよ」
「優雅で余裕もって戦えるダンブルドアの能力を見せられる方法を懸命に探ったんだ」とロウは語る。「スタントチームは、ダンブルドアのパワーと冷静沈着さを伝える振り付けに関する私の提案を進んで受け入れてくれた。圧倒的なパワーをもつ者は、攻撃を受けても落ち着き払っているだろう。彼らは自分がもつ強さの80%ぐらいしか使わないからね。エズラと一緒に楽しく取り組めたよ」
 ふたりの魔法の杖の闘いにより街は広く破壊されるが、どういうわけか非魔法界の住人たちには気づかれていないようである。この興味深い意外な展開について、視覚効果監修のマンズは、ダンブルドアが現実世界をひっくり返すことができるのだと説明する。「ダンブルドアは、すべてが左右逆になる言わば鏡バージョンの街をつくる。すべての映像が左右逆になり、人々や乗り物の動きはスローモーションになったのち一斉に消えて、この賑やかな街が突然ゴーストタウンのように見えるんだ。ある時点で、ダンブルドアはデルミネーターを使い、昼間の日光さえかき消して街の幻影を溶かしていく。現実の世界は水たまりや窓ガラスの反射の反対側に存在している。だが、これが街の人々への影響を心配せずに、彼らがありとあらゆるものを破壊しながら一戦を交えることができる方法だった」
 街の真下では、閉鎖されたと思われていたが地下で比喩的にも文字通りにも運営されている悪名高い刑務所エルクスタグ・プリゾンを舞台に、別のアクションシーンが繰り広げられる。この刑務所のデザインの参考となったのは、古くて使われていない採石場だった。美術のラモントはこう語る。「天井がとても低い空間を岩でできた角柱が支えている。スチュアートは自然からヒントを得たこういったスタイルのセットを好んでいる。私たちも窮屈で圧迫感のあるところが気に入っている。そして、ここから合成画像でつくられた巨大なスパイラル状の刑務所棟へとつながるんだ」
 さらに、製作のティム・ルイスがつけ加えて言う。「刑務所のセットは説明されているとおりの大きな規模でつくるのは難しいと思われたので、セクションごとに分けてつくられた。だが、撮影監督のジョージ・リッチモンドは、さらに狭苦しく感じるように撮っている。セットは闇に包まれていて、キャラクターたちが明かりから見え隠れし続けていたからなんだ」
 「質感、不気味な雰囲気や水が滴る岩などすべてが、観客がこんな所にいたくないと思うようにつくられているんだ」とラモントが控えめに言う。
 オーストリア近隣の山中にあるゲラート・グリンデルバルドの自宅兼本拠地、ヌルメンガード城。シリーズ2作目『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』のときの外観のセットが用意されたが、拡張され中庭がつくられた。内装については、メインの応接間は基本的に前作と同じであるが、クリーデンスの部屋が加えられた。イェーツ監督は、クリーデンスが抱えている混沌を反映させた部屋を望んだ。壁や床にはなぐり書きがしてあり、散乱するがらくたのうえに窓の隙間から入ってきた落ち葉が降り注ぐ。また、城の地下にあるプールはスチール製で、防水の目的で補強されており、水面下には見えないように照明が設置されている。プールを囲む壁はさまざまなシンボルやレタリング文字が刻まれている。また、水が滴りところどころ湿っているその壁は、寒くてじめじめした地下室であることを印象づけている。
ブータン
 本作のクライマックスが展開する舞台は、ブータン王国である。「とてもスピリチュアルな場所だ」と美術のラモントは言う。「だから、この魔法の村にぴったりの場所だった」
 制作陣はブータンへ渡航することができずイメージをつかむのが難しかったが、切望していた参考資料を入手し、情報を得ることができた。千葉工業大学が調査・作成した報告書「Traditional Bhutanese Houses」が、リサーチチームから美術部門に提供された。報告書には重要な建築に関する情報が満載で、ブータンの小高い丘の上の村をデザインするための非常に貴重な情報源となった。
 美術のクレイグはブータンの建築がもつ垂直性に対する意識と建物の白さに興味を示し、デザインチームは白いレンガ造りの建物に白い旗布や白い厚手のカーテンでアクセントを加えてその特徴を表現した。セットの区画が複数回つくり変えられ、ヒーローたちがグリンデルバルドの邪悪な信奉者たちをうまく回避するために通り抜ける曲がりくねった道や狭い路地へと姿を変えた。
 村の上方にあるイアリィタワーに唯一つながる長い階段は、キャストとスタッフにとってはありがたいことに、視覚効果を使って拡張された。クレイグとラモントのチームは、魔法界のブータンとして創作を組み入れることを考慮しつつも、ブータンの寺の建築について徹底的に学んだ。
 デイビッド・イェーツ監督は、「まるで魔法にかかったかのように魅力的で唯一無二のこのブータンを舞台にして映画はクライマックスを迎える。世界中を駆け巡った慌ただしい旅が終わるんだ――ただし、すべてリーベスデン経由だったけどね」と微笑みながら言う。
 イェーツ監督は、シリーズ初作から衣装を手がけるコリーン・アトウッドを「このシリーズの功労者」と評価する。「ご一緒できて本当に光栄です。コリーンは表現力豊かな衣装デザイナーで、魔法ワールドから得られるインスピレーションを大切にしています」
「各キャラクターが前作からどう変化したのか――それを衣装をとおして伝えることが最大の目標でした」とアトウッドは話す。「今はそれぞれが別の道を歩んでいるんです」
 たとえば、冒頭のシーンには野山でフィールドワークをおこなうニュート・スキャマンダーが登場する。そこでアトウッドは「くたびれた感じの三つ揃えをあつらえました」と話す。「いつものニュートのスーツをサファリ風にアレンジしたんです。細い格子柄の生地を染め直し、シーンの設定に合わせました。トレードマークの蝶ネクタイは首にかけているけれど、結んではいません」
 人間社会に戻ったニュートはロングコート姿だ。前作で着用していたものとシルエットは同じだが、「今度のコートはややシックです」とアトウッドは言う。「全般的にニュートの衣装は、ストーリーの舞台と対照的に、軽やかな感じにしました。おもな舞台であるベルリンの街には重苦しい空気が漂っていますからね」
「コリーンは俳優の身になって衣装を考えてくれる。だから特別な存在なんだ」とニュート役のレッドメインは称賛する。「僕たち役者にとって、衣装は外側だけの問題じゃない。外も内も大事なんだ。コリーンは観客の目が届かない部分にも気を配ってくれる。その部分が役者にとって重要なことを分かっているからね。目立たないディテールこそが役に入るときの助けになるんだ」
 アルバス・ダンブルドアは上質で仕立てのいいカシミアのスーツを着用している。アトウッドはスーツの色味にとくにこだわった。「淡いグレーを選んだのは薄紫色を連想させると思ったからです。いずれダンブルドアはホグワーツの校長になり、ラベンダー色のローブをまとうことになります。コートの生地に加工を施し、フラットな生地では出せない質感や光沢をプラスしました」
 一方、グリンデルバルドには異なる色味の衣装を用意し、野心と威厳を感じさせるスタイルで統一した。「作中のグリンデルバルドはおもにモスグリーンを着ています。これはドイツの伝統を感じさせる一色。スタンダードなチェスター・コートは、ほかのキャラクターのコートに比べて“魔法使いらしからぬ”一着ですが、そこにグリンデルバルドの心情を反映させました。彼は今、人生の転機を迎えて自分のことを世界の指導者/有力者としてアピールしなければいけませんが、だからといって派手な格好をする必要もありません」
 グリンデルバルド役のマッツ・ミケルセンはアトウッドがデザインした衣装に感嘆したという。「コリーンはレジェンドだね。どのアイテムもじつに仕立てがいいし、30年代の流行をみごとに再現している。30年代といえば、ファッションの黄金期。キャスト全員が衣装の出来に大満足していたよ」
 クリーデンス役のエズラ・ミラーもアトウッドのファンだ。クリーデンスのワードローブを一新してもらったことに感謝しているという。「いまやクリーデンスは魔法界の一員として認められ、正式に悪役の仲間入りをはたした。それがうれしくて仕方なかったよ。だって、ファンタジーの世界では悪役のほうがおしゃれと決まっているからね。理由は分からないけど、そういう決まりになっている。つまり、僕にはコリーン・アトウッドの最高傑作を着る権利があるわけで、その日を心待ちにしていたんだ。コリーンは名匠だよ。現役の衣装デザイナーとしてはトップクラスじゃないかな」
「クリーデンスは魔術に磨きをかけ、魔法界での地位を確立しました」とアトウッドは説明する。「そんなクリーデンスの立場を衣装デザインに生かしたいと考え、黒、チャコールグレー、赤を基本色にしました。黒のシルクでコートの襟を縁取り、肩口と裾にもシルクをあしらいました。ベストの素材は日本の織物です。20年ほど前に購入し、いつか使いたいと思っていたのですが、ついにこの作品で日の目を見ることになりました。とても美しい織物ですよ。深い色合いですが、光が当たると七色に輝きます」
 メインキャラクターのなかで、もっとも見た目が変わったのはクイニーだろう。いまやクイニーは、クリーデンスと同じくグリンデルバルドの一派だ。ライトブラウンだった髪はプラチナブロンドになり、パステルカラーのワンピースはダークカラーのアイテムに取って代わった。「今回のクイニーはおもに赤を着ています」とアトウッドは言う。「濃いエンジや深紅などの赤系統をメインにし、濃淡のグレーをアクセントに使いました。コートの素材としてヤク(モンゴルなどの高地に生息するウシ科の動物)の毛を選んだのは、このストーリーのグローバル性を表現したかったからです」
 一方、現在のジェイコブは「愛するクイニーを失って、抜け殻も同然。すっかりふさぎ込んでしまい、身なりにかまう余裕もありません」とアトウッドは説明する。「そこにユーラリー・ヒックスが現われ“魔法の力”で人前に出られる格好にしてやるんです。ジェイコブはつましい男ですから、中流階級らしいワードローブを用意し、アースカラーと寒色で統一しました。茶と青を組み合わせ、赤をポイントにしたのですが、このカラーコーディネートは私のお気に入りです」
 また、ユーラリー・ヒックスの装いには職業を反映させた。「ユーラリーは教育者であり、自立した女性の象徴ですから、明るいエンジを選びました。エンジはユーラリーと相性が良く、自信の表われでもあります」
 職業柄が出ているのはテセウスの衣装も同じだ。「作中のテセウスは、いわば“誠意ある警察官”の役目をはたしています」とアトウッドは指摘する。「そこでネイビーブルーのスーツをデザインしました。私にとってスーツは“洗練された制服”なんです」
 ニュートの助手のバンティはアースカラーを好んで着ている。「バンティははつらつとした女性ですが、基本的に質実剛健です」とアトウッドは分析する。「そんなバンティには着回しの効くウールのチェックのコートが似合うと思いました。また、女性らしさを演出するために柔らかい生地のブラウスを用意しました」
 そして、ユスフ・カーマについては「もはや彼は裕福な身分ではありません。前作に比べると、少し落ちぶれた感じです」とアトウッドは言う。「ネクタイはほつれ、身なりは労働者さながら。本当は労働者ではないのに労働者にしか見えません」
 アバーフォース・ダンブルドア役のリチャード・コイルはみずから衣装のアイデアを出したという。とくに、こだわったのがアクセサリーのモチーフだ。「アバーフォースを“安上がりのアルバス・ダンブルドア”に仕立てたらおもしろいと思ったんだ――たとえば兄貴のおさがりを着ているとか。コリーン(・アトウッド)に提案したのはヤギのモチーフのピンだった。アバーフォースの守護霊はヤギだからね。そうしたら、翌日の衣装にヤギのピンが付いていたよ」