PRODUCTION NOTESプロダクションノート

幸せな時も恋を失くした時も
寄り添ってくれる歌を映画に

 2014年12月30日、日本武道館で「一万人の雪の華」という、中島美嘉の「雪の華」を1万人で合唱するというイベントが開かれた。その企画に参加したプロデューサーの渡井敏久は、今も衰えない圧倒的なパワーを感じ、この楽曲が映画になった時、より多くの感動を届けられるのではないかと考えた。

 脚本は岡田惠和に依頼され、「雪の華」の切なさと儚さを表現する舞台には、オーロラや美しい雪原、インテリアやファッション、美しい街並みで女性の支持が高いフィンランドが決定した。さらに監督には、『orange-オレンジ-』が大ヒットしていた橋本光二郎が起用された。

主人公のキャスティングに
奇跡の2ショットが実現

 幅広い層に共感される王道の恋愛映画を目指した製作陣は、「この人しかいない」2人を主人公に起用することに成功した。悠輔役に登坂広臣、美雪役には中条あやみだ。2人について橋本監督は、「登坂さんは勝手にワイルドなイメージを持っていましたが、実際に会って話してみると非常にクレバーな方でした。悠輔役は普段の登坂さんのイメージとは随分違いますが、躊躇することなく高い集中力で演じてくれました。守りに入らず攻める姿勢は素晴らしかったですね。中条さんは、お人形のような役や幽霊のような役が多いと話していましたが、そういう役の次の段階として、生活している1人の女性を演じてもらいました。泣いたり笑ったり怒ったりと感情の豊かな役柄で、誰も知らない顔をたくさん見せてくれましたね」と語る。

 フィンランドロケの関係で、物語どおりの順撮りは出来なかったため、初めての出会いや再会のシーンなどは、クランクインの前にリハーサルが繰り返された。「やっていく中でキャラをつかんでいき、こんな感じの人なのではないか、こういう風にやったら面白いのではということを、話し合うというよりは一緒に動きながら作っていきました」と橋本監督は振り返る。

想像を超えた寒さ! 真冬のフィンランドロケ

 クランクインは、2018年2月に極寒のフィンランドで迎えられた。この時期はマイナス20度が当たり前だと言われていたが、撮影期間中はマイナス10度前後に落ち着く。とはいえ、屋外での撮影はやはり圧倒的に寒い。初日はヘルシンキから北へ70㎞にあるリーヒマキのガラス工房“LASISMI(ラシスミ)”を借りて、悠輔が美雪の前でガラス工芸を作るシーンなどを撮影。東京のガラス工房でレクチャーを受けていた登坂の手さばきは見事で、真剣な表情で作業を進めていく。「人見知り」だと言う中条に登坂が積極的に話しかける場面も多く見られ、序盤からいい空気感が流れている。このシーンでは、美雪の気持ちの大きな変化を表現したと橋本監督が説明する。「悠輔と美しい時間を重ねる中で、締めくくりとしてガラス工房へ行き、美雪は悠輔が彼の一番好きな物を作っている姿を見つめます。その時、美雪は心から愛しい者をこの世に見つけ、それを置いて死ななければいけないことに気付き、初めて本当の怖さを知ります。楽しげに微笑んでいた表情が、急にふっと翳るのですが、初日にもかかわらず、中条さんは心に響く繊細な芝居をしてくれました。」

 登坂にとって最も過酷な撮影となったのは、雪の中を疾走する一連のシーン。本隊はヘルシンキから空路、レヴィへ。世界中から観光客が訪れるトナカイファームの森林の中でのロケだ。大人でも腰近くまで埋まってしまうような深い雪の中を、懸命に走り続ける登坂。時にリアルに足を取られながらも必死で走る登坂の姿を、並走するスノーモービルに載せたカメラが、横からさらに正面からとアングルを変えて捉えていく。「カメラが回っている時は平気だったんですけど、終わってみるとめちゃくちゃ寒かったです」と登坂は笑う。

 後半はいよいよオーロラスポットでの撮影に突入。見渡す限りの雪原だが、実際は100m以上の幅の雄大な川の上がロケ地となる。オーロラシーンの設定は夜だが、完全なナイター撮影だと森林などフィンランドらしい風景のディテールが暗部に埋もれてしまうため、疑似夜景=“つぶし”という撮影方法が採用された。これは空の明るさがぎりぎり残る僅かな時間を狙っての撮影となるため、日中に入念なリハーサルを繰り返すことに。

 ラストを飾るのは、映画のクライマックスとなる2人が再会する一連のシークエンス。撮影が可能な時間帯は日の出前後1時間と、日没前後の2時間と限られる。登坂、中条にとっては早朝から夜中まで気を緩める瞬間がないハードなスケジュールとなった。中条は「手足の感覚が無くなるくらい寒かったですが、一番感情の高まっているクライマックスだったので、何度も何度も脚本を読み返して美雪の気持ちをイメージしながら臨みました」と語る。

 こうして20日近くに渡った過酷なロケは無事終了したが、実景撮影に残っていた橋本監督とカメラマンに思わぬサプライズが。一気にマイナス25度まで冷え込み、ダイヤモンドダストを撮影出来たのだ。その貴重な映像は映画の冒頭に使われている。

2人の出会いが描かれる国内ロケ

 帰国して約1週間後に再開された、東京をメインとする国内ロケ。ハードなフィンランドの撮影を乗り越えてきた連帯感は大きく、現場は和やかムード。2人の出会いのシーンが、ようやくここで撮影される。撮影の順番が逆になったことについて橋本監督は、「お2人は本当に大変だったと思います。でもフィンランドという舞台に放り込まれたことで、逆に覚悟が決まった。変に構えずに勢いでやれたのはよかった」と語る。

 「声出せよ!声!」と悠輔に言われた美雪が、「助けて!」と大きな声を出すこのシーンは重要だと監督が指摘する。「子供の頃からいろんなことを諦めてきたけれど、心の奥に『なんで私だけ』という悔しさを抱えていた女の子が、本当は誰かに助けてほしかったのだと、声に出すことによって気付き、物語が動き始めます。

 余命宣告をされるヒロインと言えば、どうしてもか弱い女性を想像しがちだが、悠輔に出会ってからの美雪はとにかく前向き。100万円と引き換えに恋人になってくれるように持ち掛ける、一見すると現実離れした設定のシーンも、美雪の必死さがかわいらしく、「クスクス笑ってもらえるようなシーンになればいいなと思っています」という監督の狙いは的中する。

 対する一貫して不愛想で、見ようによってはキレているようにも見える悠輔の態度もワイルドで女心をくすぐるに十分。登坂、中条、監督の3人でシーンごとに話し合う時間がもたれるのも日常で、「ここの美雪の距離、近すぎないですか?」(監督)「俺はうれしいですけどね(笑)」(登坂)など、リラックスしたやり取りも微笑ましい。

 美雪が初めて悠輔の家を訪れるシーンでは、特に入念なリハーサルが行われた。監督は悠輔の妹=初美が美雪に嫉妬をするシーンについて、「少女漫画のような毎日を楽しんでいた中で、自分が予想していなかったことが起きて余計にうれしい感じ」などと丁寧に中条に美雪の心情を説明。テンションの上がった美雪が鍋の具材に「シイタケかわいい〜!」などと次々に語りかける(?)台詞も脚本には無く、スタッフも思わず吹き出す。カットがかかった後、中条も「酸欠になりそう!」と思わず笑顔。また、美雪のファッションにも注目。悠輔に出会う前の美雪はメガネ姿で、かわいいがどこか垢抜けないいでたちだったが、恋をしてどんどんキレイになっていく様子がまぶしく映し出されていく。

 美雪を送って行く悠輔が、彼女に渡すガラスの塊は、「ガラス職人の方に作ってもらいました」と監督が説明する。「卵のような形にしました。生まれる前ということが象徴的なのと、両手でぎゅっと持てるのがお守りのようで、この物語に寄り添ってくれたと思います。」-オレンジ-』が大ヒットしていた橋本光二郎が起用された。

 国内ロケでも登坂の走るシーンは多い。偶然訪れた病院で、田辺誠一扮する若村から初めて美雪の病状を聞いた後、これまでの想いがあふれ出すように走り出す悠輔。その後、美雪と初めて出会った橋の上での悲しい絶叫──。「美雪のことしか考えられない状況だったと思うので、僕自身それだけを考えて走りました。橋の上でのシーンは、監督から“悠輔として考えてください”というパスをいただいたので、美雪への想いだけを考えて演じることができました」と登坂は振り返る。国内ロケは3月いっぱいまで続いた。

撮影のフィナーレは
夏のフィンランドで

 6月中旬、再びフィンランドロケに入る。そこには冬とは別世界の景色が広がっていた。「こんなにカラフルな街だったんだ!」と驚く、登坂、中条だったが、約2ヶ月半というブランクを一切感じさせず、役にすんなり戻っている。白夜のフィンランドはナイターシーンを撮るには23時頃まで待機が必要だが、地元の方々の協力もあり順調に進む。ヘルシンキでの朝市など人が多いシーンの撮影でも、嫌な顔ひとつせず理解を示してくれるフィンランドの方々の穏やかな国民性に救われる場面も多々あった。

 海沿いの美しい公園=テルヴァサーリで、2人が初めてキスをする大事なシーンは、いつも以上に丁寧なリハーサルを経た後、大型クレーンも導入しての大がかりなものに。日が暮れる22時過ぎギリギリまで撮影は続き、2人の揺れる心情を映し出す美しくも切ないシーンが収められた。その後も天候に恵まれ、フィンランドらしいおしゃれでかわいい街並みでのデートシーンを次々に撮影。早朝からトラムを貸し切ってのダイナミックカットも無事終わり、ラストはヘルシンキ大聖堂に続く道で悠輔が男らしく美雪の手を握るシーンで撮影はついにオールアップ!

 登坂は、「個人的にはフィンランドに来るなら夏だなと思いました(笑)。『雪の華』という名曲の素晴らしさを改めて感じていただきながら、このまっすぐな純愛ストーリーを見てもらいたいです」、中条は「本当に悩んで悩んで美雪という女の子を演じましたが、皆で力を合わせながら、こんな素敵なロケーションの中で演技ができてよかったなと思います。たくさんの人に『雪の華』を届けたいです!」とコメントしている。

オリジナル作品を完成させた監督の想い

 音楽を担当した葉加瀬太郎を、橋本監督が「弦による生音で物語の感情を動かすと共に、映画の世界観を広げていただきました。楽器の持つ力を最大限に引き出して、シンプルであればあるほど強いということを証明する音楽を作ってくださいました」と称える。

 最後に監督はこう締めくくる。「『100万円で1ヶ月間。私の恋人になってください』という奇抜な申し出から始まる物語ですが、勇気を出したからこそ人生が動き始めるということは、すべての方に当てはまる気がしています。それは、恋だけではなく、仕事だったり、人生の様々なことだったりするのではないでしょうか。この映画を観た方に、一歩ではなく半歩でもいいから踏み出して、新しい世界へ向かって行ってほしいですね。たった半歩でも進むと、実は世界の方が勝手に広がってくれたりすることもあります。そんな勇気を届けられたらうれしいですね。」