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映画『黒執事』の企画を立ち上げた松橋真三プロデューサーは、企画の発端について語る。「仕事柄海外に行くことが多いのですが、その地で日本についてヒアリングすると、人気のある日本の漫画は、必ず「ONE PIECE」、「NARUTO -ナルト-」そして「黒執事」の3本です。」「黒執事」は1800万部のベストセラー。しかし、人気があればあるほど、実写化は困難なものとなる。しかも、「黒執事」は、キャラクターがとても重要な作品。読者からのカリスマ的な人気を得ている完全無欠の主人公セバスチャンを演じられる俳優が果たしているかどうか、これが最大の課題だった。
松橋プロデューサーは、日本でセバスチャンを演じられる役者は1人しかいないと考えていた――それが、水嶋ヒロだった。圧倒的に美しいルックス、スクリーンでの光輝く存在感、そして色々なことに対する熱意とこだわり。松橋プロデューサーは、彼の存在ありきで映画『黒執事』の企画をスタート。「彼がやらないのなら、この映画化はない」と決意し、企画段階の2011年5月、彼に正式にオファーした。
しかし、このとき水嶋は「セバスチャンは完璧すぎる。自分には無理です」とオファーを断ってきた。それでも諦められなかった松橋プロデューサーは、脚本の黒岩勉と手掛けたプロットを水嶋のもとへ持ち込むことを皮切りに、思いつく限りのアタックを繰り返す。なかなか首を縦に振らない水嶋と何度も打ち合わせを重ねていくなかで、本人から出るアイデアや思考が非常に面白く、その秘められた才能に気づくことに。出演するという観点ではなく、脚本や作品の方向性、その他映画をプロデュースしていく工程などを一緒にやりながら考えてみないか? と、パートナーとしてのオファーを投げてみた。「それは面白そう」と、二つ返事で本人は快諾。それから毎週欠かさずに行った定例会議に水嶋を巻き込み、時には意見をぶつけ合いながらも、共に徹底して隅々までこだわりぬいた。そしてついに出来上がった素晴らしい脚本を前に、これがラストチャンスだと水嶋に再度出演オファーをしたところ、意外な返事が返って来た。「実は少し前から役作りを開始していたんです。だって僕がやらないと映画化しないつもりですよね? こんなに頑張ったのにもったいない」。実に、一年半もの歳月がかかったが、双方が満足のいく脚本を仕上げた賜物と言える。一方、実写映画化のオファーが相次ぐ中、原作出版社も水嶋がセバスチャンを演じるなら、と映画化にゴーサインを出した。 こうして奇跡的なキャスティングが実現し、映画『黒執事』は動き出した――。 -
映画化にあたって、原作の舞台設定が大幅に変更され、オリジナルストーリーが展開されることとなった。松橋プロデューサーによると、「原作通り、19世紀のイギリスを舞台にしてしまうと、日本人でやることに無理が生じる」。そのため東洋と西洋の文化が入り交じる近未来を舞台にすることを決断。時代設定を一新して、新しくストーリーを構築した。その為、主人公の執事セバスチャンを除いては登場人物も一新されたが、なかでも原作のシエル・ファントムハイヴにあたるセバスチャンの主人となる人物が、男装の令嬢・清玄(汐璃)になるという大きな変更が加えられている。その清玄を演じるのは、この作品で初めて男装役に挑む剛力彩芽。剛力は、「漫画のシエルは、美少年なので絶対真似はできません。それでも衣装や立ち振る舞いは意識しています」と原作へのリスペクトを忘れていない。
オリジナルな世界観を具体化させるため、W監督体制がとられることとなった。その2人は、「NANA」シリーズの大谷健太郎と、TVアニメ「TIGER & BUNNY」のさとうけいいちに決定。大谷監督がキャストの演技など人間ドラマパートの演出を手がけながら全体を統括し、さとう監督は事前の美術世界の構築と画コンテの制作を中心としたビジュアルパートを主に手掛け、それぞれ役割を分担した。現場では、大谷監督は「監督が2人体制となることで、エンターテインメントの要素をいろいろな角度からあますことなく描き出し、大きなスケール感で描いていく」と意気込みを語った。撮影前、画コンテでビジュアルを作り込んださとう監督は「私はアニメーションの監督もやっているので、トリッキーな演出、シャープでカッコいいと言わせる画作りを目指した」と画面作りに意欲をみせた。
撮影は、4月1日から5月14日まで行われた。幻蜂家のヨーロッパテイストの屋敷を描く上で必要となる佐賀・有田ポーセリンパークや北九州、山口など、九州を中心にオールロケが行われた。 -
完全無欠の悪魔の執事・セバスチャンを演じる水嶋ヒロは、今作が3年ぶりの映画復帰作となる。水嶋は出演を決めた時から「思いつく限りの準備をすべてやる」と、情熱を注いで役作りに挑んだ。 現場に入る前の準備として、肉体作りから始めた。「悪魔が太っていてはおかしい」と、原作のイメージに近づけるため、食事制限をして体を50キロ台まで絞り込む過酷な役作りを敢行。後で尋ねると、本人の狙いには、極限まで絞り込むことでしか表れない非人間性に期待したのも1つだそう。その結果、細身の執事服を美しいサイジングで着こなし、その凛とした立ち姿はまさに原作からセバスチャンが抜け出したような、圧倒的かつ異様な存在感を示した。
その水嶋にとって、役作りの要となったのが、アクションだ。本作の大きな見どころであるアクションシーンのために、クランクインの4ヶ月前からアクションのトレーニングを開始。原作のセバスチャンのアクションは美しく、完璧な身のこなしで敵を倒していく。水嶋は、アクション監督の大内貴仁との話し合いを通して、原作で描かれるセバスチャンの完璧な動きをリアルに落とし込むことにこだわり、形にしていった。トレーニングの主な内容は、まずアクションについての基本的な所作から始まり、アクション部に依頼して作成したアクションのデモ映像に従い、出来上がった各シーンの立ち回りを完璧になるまで体に叩き込む作業を繰り返すことだった。このメニューは水嶋たっての希望だった。水嶋はその経緯について、「現場で教わることは何も無い状態にしたかった。そこまで持っていくには、現場でやる立ち回りの内容をあらかじめつくってもらう必要があったのですが、そんな無茶な要望を受け入れて下さった大内さんには本当に感謝しています。その甲斐あって、アクションシーンの際には、アクション中であっても技に気をとられることなく、お芝居のみに集中できる程の余裕が生まれました」。
大内は、水嶋のアクションについて、「本番中のアクションを間違えることがない上に、アクションの中の動きすべてにセバスチャンというキャラクターを取り入れていました。誰もがかっこいい、美しいと思うようなを見せた水嶋さんは本当にすごいと思いました」と、アクションのプロをもうならせた。徹底したトレーニングと高い身体能力で見事に体現した水嶋。もちろん、執事としての身のこなしもパーフェクト。執事のトレーニングも受けたが、2回ほどでもう言うことはない、とお墨付きをもらい、あとは現場で少々調整するぐらいだったそう。
また松橋プロデューサーは「セバスチャンの『御意』という台詞をとっても、水嶋さんは、シーンごとに意味合いを変えています。他にも水嶋さんが密やかにやっていることもあります。水嶋さんが仕掛けた壮大なミステリーを、ぜひ確認してみてほしい」。彼が密やかに演じたことをひとつ明かすと、本編中、長回しのシーンであっても、一度も瞬きをしていないということ。理由は、「この人は口よりも目で語る人な気がして。僅かな目の動きでも印象に残るよう工夫したかっただけです」――。
自身の俳優復帰作となる『黒執事』という作品に自分のすべてを懸けて挑んだ水嶋。撮影中は監督やスタッフと前向きな話し合いを重ね、ひとつひとつのシーンを大切に積み重ねていった。しかし、ストイックになりすぎず、撮影の合間は、剛力彩芽や優香、山本美月ら共演者やスタッフと笑顔で雑談をしていた姿が印象深い。 -
剛力彩芽、優香、山本美月。人気、実力を誇る3人の女優が、この作品で原作にインスパイアされたオリジナルキャラクターを演じ、それぞれ新たな挑戦を見せている。
本作で剛力は、キャリア初となる男装の令嬢・幻蜂清玄役を演じる。剛力は、この難役を演じる上で、声を低くしたり、歩き方や立ち振る舞いなど、少年らしさを意識しつつ、複雑な内面をより重視してアプローチした。清玄は、なぜ復讐に身を投じることになったのか――。明るく等身大の少女を演じることの多い剛力にとって、男装し、壮絶な運命を生きる清玄役は、新境地となるだろう。ルックスの面でも、剛力はショートヘアでもともとボーイッシュだが、今回の役はどこか倒錯的で妖しい雰囲気を漂わせている。
清玄の叔母で、若槻華恵役を演じるのは、近年女優業に意欲的に取り組んでいる優香。優香はこれまでのイメージとは一転、ミステリアスで妖艶な役どころに挑戦。32歳の実年齢を上回る、色香漂う39歳の女性を重層的な演技で表現。バラエティーやこれまで出演した作品では見せたことのない、彼女の新たな一面に魅了されるに違いない。
幻蜂家に仕えるメイドのリン役を演じるのは、山本美月。ファッション誌「CanCam」のモデルとして人気を集め、映画『桐島、部活やめるってよ』で女優としてもブレイク、今後が期待されている。本作では、『桐島~』で見せたクールな女子高生から一変、初のメイド服に身を包み、ツインテールと赤縁メガネという“萌え”要素満載のメイド姿を披露。セバスチャンとともに幻蜂家に仕えるドジなメイドになりきった。もともと原作の大ファンだったという山本は、初のガンアクションにも挑戦。撮影の2カ月前から練習を重ね、同性もホレボレするほどクールなアクションシーンを演じ切った。 -
<美術>
映画『黒執事』の世界観は、原作とは設定が違いながらも、原作のファンをがっかりさせないことを意識し、試行錯誤しながら生み出された。
美術を担当した小泉博康が打ち出したコンセプトは、「無国籍、無時代感」。「設定がちがうので難しかったですが、原作のゴシック調をどの程度入れるか、どの程度デフォルメするかを意識しました」と、原作の世界観を大切にしつつ、映画『黒執事』だけのビジュアルを構築していった。冒頭映し出される壮大なスケールの未来都市は、まさに作品全体のコンセプト、無国籍、無時代感が全面に描かれたシーンといえる。
また、佐賀・有田ポーセリンパークで行われた幻蜂家のリビングのシーンでは、窓枠や壁紙を映画仕様で作り込み、豪華なシャンデリア、アンティーク家具を配置するなど、ここは原作のイメージに近づけている。
<衣装>
セバスチャンの執事服や清玄の衣装など、作品の世界を象徴とする美しい衣装にも注目してほしい。セバスチャンと、清玄の衣装は、GalaabenD(ガラアーベント)の協力のもと、水嶋やスタイリスト、デザイナーが打ち合わせを重ねて特注デザインした。制作期間は、本人の採寸を含めて3ヶ月ほど。
衣装制作に関わったスタイリストの徳永貴士によると、「原作の世界観に寄り添いつつ、映画という新しいベースでの衣装制作となりました。執事という原点、清玄の置かれた立場を考慮し、行き着いたコンセプトがクラシックでありながらモダンであること」。続けて、「汐璃は、男として生きると決意として、原作のコミックの英国男子、シエルの世界観に寄り添う衣装が完成しました」と語る。
中でもセバスチャンを演じる水嶋自身が大切にしたのは、「徹底的にサイズをボディラインに合わせ、執事の業務を行うときも、戦闘でも、動いたときに優美さが感じられるシルエット」とのこと。燕尾服のテールは動いたときに舞うように長めで、見た目のインパクトも強い。ほか、セバスチャンの衣装は紋章学をベースにオリジナルのボタンとラペルピンを作成するなど、細部にわたる本物へのこだわりが見られる。 -
クランクアップは、2013年5月14日。クランクアップ日の撮影は、セバスチャンと清玄が最後の敵に立ち向かうクライマックスの重要なシーンだった。撮影は日中に終わらず、翌朝まで続き、いつにない緊張感に包まれたが、水嶋、剛力を中心に、士気が高い雰囲気は途切れず、ついにラストカットを迎えた。撮り終えた瞬間、拍手が鳴り響く中で、主役として挨拶をする水嶋。彼の口から語られたのは、スタッフを家族として感じ、労う深い感謝の気持ちだった。
1ヶ月半の撮影期間中、スタッフ、共演者に支えられながら、主役として現場を引っぱり、駆け抜けた水嶋。「これから公開が終わるまで、引き続き『黒執事』に力を注いでいきたいと思います」と、クランクアップ後も作品への思いは途切れなかった。 -
その水嶋に対し、松橋プロデューサーはある提案をした。「水嶋さんとは、ものすごい量の打ち合わせを重ねた準備期間を経て、撮影を共にしました。その間にやりとりした様々な経験から彼にスタッフとしての才能を感じ、編集などの仕上げ作業への参加も要請しました。作品への愛情も深くなっていたこともあって快諾してもらい、撮影後も編集スタジオに来てもらい、一緒に編集しました。そこで、ここまで共にやってきたからこそ、プロデューサーとして名前を背負ってもらいたいと思いました」。こうして水嶋は、齋藤智裕という本名で松橋と共同プロデューサーという形でクレジットされることとなった。松橋は、水嶋との作業をこう振り返る。
「彼と一緒にやりたいと思ったのは、ものすごく広い視野で作品を見ているからです。作品のことを一番に考えているので、たとえ自分が頑張って演じ上げたシーンであっても、『ここは全体を見たらカットした方がいいと思います』と平気で言ってしまう。俳優という枠を超えて、スタッフ的な広い視野を持つ人です。監督も僕もスタッフも、彼が面白い意見を出すから話を聞きたいと思う。映画の冒頭、観客にわかりやすいように、複雑なストーリーをシンプルに導入する、という目的で編集時に足したオープニングのテロップや、幻蜂家の紹介ナレーションを考えたのも実は彼なんです。そんな具合に、バックヤードのスタッフとして、彼は非常に面白い意見をたくさん出してくれましたね」と松橋は、水嶋の仕事ぶりに太鼓判を押した。「彼はこの作品にたくさんの時間と情熱をかけてくれました。それこそ、普通の役者が経験しないようなバックヤードの仕事をたくさんやってもらいましたが、それは役者としてもそれ以外でも今後に大きく役立つ経験だったと思います。この作品以降の彼が、果たしてなにをやってくれるか、そこには私も期待しています」。
そうして順調に編集、CG、処理、音楽入れなどが行われ、本編が完成。2014年1月18日の公開を待っている。