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1. 作品のテーマ
これは“愚かな愛すべき人たち”の物語
ポン監督は、クリエイティブチームと初期の段階から明確なビジョンを共有し、「この世界はリアリティに根ざしたものでなければならない」と強調。観客が映画の中に見覚えのある要素を見つけることで、異世界の物語であっても親しみが持てるので、より緊迫感のあるメッセージを伝えられると考えた。物語の主題は“宇宙への遠征”ではなく、「登場人物たちが暮らし、関係を築き、失敗をする“人間の世界”」にあるべきだという理念が最後まで貫かれた。
by. ポン・ジュノ(監督)
本作の設定は地球が完全に滅びたわけではなく、ただ住みにくい場所になってしまい人々が未開の地への移住を選ぶようになった世界です。まるでL.A.からニューヨークに向かう深夜便の飛行機に乗るような感覚で、宇宙船に乗る。地球外への移住が大規模な移民や避難というより、日常の一部になっているんです。

この映画の登場人物たちは、行くあてもなくさまよい、孤独を抱えている。家族もいない。けれど、そんな状況でも愛を見つける。ミッキーとナーシャの関係はまさにそういう物語です。この映画はSFでありながら、ふたりの愛の物語でもあるんです。

今回初めて“人間の愚かさ”をより深く掘り下げました。そして、その愚かさが、時に愛すべきものになるという視点です。私の作品は、よく「冷酷でシニカル」と言われますが、今回の映画は「温かみがある」と言われることが多い。年を取ったせいでしょうか(笑)

本作は、宇宙船で異星に向かうSF映画ですが、登場人物はみんな「ちょっとおバカ」。これがとても面白くて、スペースオペラのようにレーザー銃を撃ち合う作品ではなく、「愚かな愛すべき人たち」の物語になったと思います。
2. ミッキー17とミッキー18
“自分の中の異なる部分が対立する”
性格の違い
by. ロバート・パティンソン(ミッキー役)
ミッキー17は、悲惨な状況を受け入れてしまっていて、自分が生きていることすらあまり意識していない。でも、ミッキー18は「生きたい!」という強い意志を持っていて、ミッキー17が自分を安売りしていることに我慢できない。

これは、「自分の中の異なる部分が対立する」という話でもある。ミッキー18は、前向きに進もうとする一方で、ミッキー17は怠け者で先延ばしにしようとする。その2つの部分が衝突してしまうんです。でもどちらも自分自身だから、一方を殺してしまうわけにはいかない(笑)。
外見の違い
by. シャロン・マーティン(ヘアメイク)
ミッキー17と18の外見に関してはポン監督から「ミッキー17とミッキー18の違いを、ほとんど何もないように見せつつ、それでも何か違いがあるようにしたい」と当初から非常に明確にオーダーがあった。

その結果、ふたりの間には“八重歯”というひとつだけ違う外見が採用された。その背景には頬の膨らみを変えて顔の形を微妙に変える案などもあり、検討が重ねられたが最終的には八重歯のみが採用となった。ミッキー18を演じる際はロバート自身の歯に1本の歯をわずかに重ね、ある角度から見ると違いがわかるように工夫がされた。
3. 謎のモンスター:クリーパー
“誰もがみんな、感情や意識を持ち、独自の存在として生きている”
脚本には「奇妙にうねるような動きをする生物で、クロワッサン型の体を持ち、ムカデのように各節から脚が生えていて、不気味なカチカチ、パチパチという音を立てる」と描写されている。

クリーパーは、大きさによって3つに分類される。
ベイビー・クリーパー:コアラくらいの大きさ
ジュニア・クリーパー:大きい豚くらいの大きさで、直立すると人間の身長と同じくらいになる
ママ・クリーパー:水平方向で約2.7mあり、直立すると約6m以上と人間よりもはるかに大きい
クリーパーの存在が持つ意味
by. スティーブン・ユァン
ポン監督は、あらゆる知的生命体に対して深い愛を持っている。彼は「命」というものを尊重しているんです。

僕たちは普段、いかに自分が自分のことばかり考えているかを忘れがちですが、例えばこの映画に登場する「クリーパー」と呼ばれる生き物も、実際には感情や意識を持ち、独自の存在として生きている。僕たちは勝手に「クリーパー」と名づけていますが、もしかしたら彼ら自身はそうは呼んでいないかもしれない。

ポン監督の作品は、「人間って本当にバカだよね」と思わせるけれど、同時に「でも、愛される価値はある」とも思わせてくれる。彼は観客を責めたりはしません。ただ、笑いながら抱きしめてくれるんです。
4. ミッキー VS マーシャルの対立
マーシャルがミッキーを嫌う理由
by. マーク・ラファロ
マーシャルは、ミッキーの存在に強い違和感を覚えている。それは、ミッキーが彼にとって決して手に入れることができないものを持っているから―― “永遠の命”。

マーシャルは、自分の死を極端に恐れ、生き延びることに執着しています。どれだけ若返りの注射を打ち、血液を入れ替え、“ヴァンパイア・フェイシャル”を受けても、彼の運命は変えられない。でも、ミッキーは違う。彼は死んでも生き返る。マーシャルはそれに対して、言葉にはしないけど、強い嫉妬と劣等感を抱いているから、必要以上にミッキーを嫌うんです。
5. さまざまな格差構造
美術について
by. マーク・ラファロ
ミッキーたちが生活する宇宙船は、まるで70年くらい経った倉庫のように汚れ、暗く、荒れ果てた空間。一方でマーシャルとイルファの世界だけはまったくの別世界――グロテスクなまでに豪華絢爛。階級格差が一目でわかるようになっている。
衣装について
衣装に関してもマーシャル・イルファの信者たちは、灰色のユニフォームを着せられ、個性を奪われている。一方で、ふたりは、けばけばしい色彩と奇抜なファッションに身を包んでいる。 さらに《使い捨てワーカー》ミッキーとエージェントにも見た目の点では明確な違いがある。

エージェントたちは、現代の警察の戦術用ベストをベースにデザインしたものを着用しており、これは彼らを非常に力強く見せたいという意図が込められている。そこでベストには“スペーサー”という防弾素材が使われ、通常は見えることはない部分だが、今回はあえてすべての要素を露出させるデザインとなっている。
一方で、ミッキーの服は“使い捨て人間”として支給されているもので、基本的に名前の通り“使い捨て”られるようになっている。たくさんの開閉部分やアクセスポイントがあり、衣服にはマグネットが多く使用されており、完全に実用的で極めて合理的なデザインになっている。これの仕様により、彼の服は簡単に取り外すことができ、医療処置や人体実験を行う際、すぐに彼の服を剥がすことができるのです。 さらにポン監督のリクエストで“お尻のフラップ”も追加され、これで彼はさらに軟弱に見えるようになりました。