『十二人の死にたい子どもたち』 1.25FRI

PRODUCTION NOTES

企画開発 大逆転ムービーをやりたい

2015年、叙述トリックを用いた傑作小説の映画化『イニシエーション・ラブ』の成功に、再び大逆転ムービーをやりたいと堤幸彦と飯沼伸之プロデューサーは企画を考え始めた。
 そこで出会ったのが、冲方丁の「十二人の死にたい子どもたち」。高いサスペンス性、大逆転のある展開、さらに未成年たちの心の機微が描かれている点が魅力的であった。脚本は舞台で活躍し、多ジャンルの脚本を手がけ、理系脳で構造のしっかりした脚本も得意とする倉持裕に決定。
 そこまではトントン拍子だった。
 ところが、そこから脚本開発が困難を極めた。なにしろ、原作の内容が複雑で、原作の良さを余すところなく残したうえで2時間ほどにまとめるのは至難の業。原作を読み込み、構造分析し、解体し再構成を繰り返して、2年近く練った末、最終稿があがったのがクランクイン直前、2018年6月だった。

集まった
十二人の芝居したい 若い俳優たち

 『十二人の死にたい子どもたち』を企画した目的のひとつに、今流行っている恋愛映画やアクション映画とは違った、若い俳優の高い演技力が試せる作品を作りたいということもあった。本作は十二人の心理戦が描かれるため、個々の役柄構築と演技をはじめ、集団演技も要求される。お互いがお互いを意識し合って、コラボレートしていく。それには相当の能力が要求される。近年、頭角を現してきていて、今後数年のうちに若い俳優のリーダー格となるであろう6人(杉咲花、新田真剣佑、北村匠海、高杉真宙、黒島結菜/橋本環奈)の俳優をまず決めてオファー。企画内容に賛同し、全員が乗った。残りの6人(吉川愛、萩原利久、渕野右登、坂東龍汰、古川琴音、竹内愛紗)はオーディションを開催。可能性あふれる新人が選ばれた。この十二人が現場で凄まじい力を発揮することになる。

ぴったりの廃病院、見つかる

本作の舞台は、死にたい十二人の子どもたちが集まって来る「廃病院」のみ。彼らが一堂に会する「多目的ホール」を中心に、病院のあちこちを謎の真相を求めて動きまわることになる物語のため、玄関ホール、廊下、エレベーター、屋上等々まるごと使えるロケが好ましい。制作スタッフは全国のフィルムコミッションにコンタクトをとり、物語の設定通りの廃病院を必死に探し回った。しかし、そんな都合の良い廃病院などなかなか見つからない。そこで、フィルムコミッション管轄外の病院をひとつひとつ洗い出し、足を使って探し回り、奇跡的に設定通りの廃病院を群馬県藤岡市で見つけることができた。2017年暮れに移転したばかりで、まだそのままになっていた廃病院(旧公立藤岡総合病院)で、備品もまだ残っているうえ電気も通じるというポテンシャルの高い場。これまで撮影に使用されたことのない新鮮さも魅力だ。そこを独自の小道具をプラスして飾り込んだ。
 小説という脳内世界で描かれた病院内部の複雑な動線を、実在した病院の構造で見事に再現できたことこそが奇跡そのもの。パズルのような登場人物たちの移動を鮮やかに撮り切った。

人間の空虚さを表現した
巨大な多目的ホール

撮影は前半、廃病院でのロケ、後半、角川大映スタジオでの多目的ホールセットの撮影と、大きくふたつの場所に別れて行われた。
 廃病院の中で十二人が最も長くいる場所は、集いの場所である地下の「多目的ホール」。そこに安楽死用のベッドが十二台、十二人が語り合うテーブルを囲むように配置される。美術の清水剛は最初、このロケには廃病院の地下にあるスタッフが食事をするために使う部屋を使用しようかとも考えたが、堤監督が「人間の空虚さを出したい」と、もう少し広い場所をリクエスト。奥行きだけその部屋の長さを踏襲し、幅を広げてセットを角川大映スタジオに再現し、広い空間にたたずむちっぽけな人間たちという哲学的な空間が誕生した。
 この部屋の壁面はアールが施され、少しだけ教会のような厳粛さが加味されている。これは、原作では2階に、“神様とか救いとかそういった言葉に現実感を抱かせてくれるような感情”を呼び起こしそうな象徴的な“正十字の窓”があるという描写があり、それに代わるアイコンを考えたかったから。ホール入口の絵、玄関ホール、庭にある母子をかたどったオブジェも印象的なアイコンになっている。
 さらに突き当たりにはフロイトの言葉「あらゆるものの中心に愛を置き、愛し愛されることに至上の喜びを見出せたとき、幸福は訪れる」というラテン語が書かれており、朽ちて落ちている文字は、「幸福」「希望」という前向きなもの。未成年たちがここに来た時点で失っているものと清水は考えて作り込んだ。ここにも哲学的な意味合いが隠されている。

これぞ「祭り」 5カメ、
40分ノンストップの演技バトル

 『十二人の〜』の撮影に当たり、堤監督は5カメを使用することに決めた。TVドラマのマルチ撮影や舞台やコンサートの収録ではよくある手法だが、映画 で5カメを一斉に回して一気に撮ることは滅多にない。堤監督はその手法を自作でよく使い「祭り」と呼んでいる。今回はその「祭り」でもかなりの大規模祭りとなり、主に「多目的ホール」での撮影で行われた。ここでは、十二人がほぼ常に全員そろって喧々諤々、すでに先に死んでいる人物の謎について話し合うことになる。
 最初の顔合わせと本読み以外で十二人が初めて勢揃いしたのが、8月11日(土)、セット撮影の2日目。いきなり、7ページ半にもわたる長い場面(シーン23 十二人が集まって自己紹介をして、部外者がひとり混じっていることを認識する)を一気に撮った。その間40分。まさに手に汗握る緊張感。十二人の俳優は台詞をつかえることなく見事にクリア。それぞれが事情を抱え、互いに警戒し合いながら、本心を隠して平然と振る舞う表情や仕草を5つのカメラが余さず映していく。
 チーフカメラマンは「トリック」「SPEC」シリーズでライブ感を大事にした撮影を行ってきた斑目重友。ソニーのFS7M2を使用、Log収録してグレーディングで色はシアン方向、少し気持ち悪い色味にした。全体的にふわっとしたフィルム的な加工も施している。

こんなに密度の高い演技を
撮ったのは初めて

 『十二人の〜』の台本は、6、7ページにわたる場面はざら。サトシが自身について語るシーン54は11ページ半、クライマックスのシーン88は12ページとかなり長い。どこも最初に、リハーサルをして、堤監督がひとつひとつ細かい心情を説明、そういうときどういう動きを すると効果的かアイデアを出すと、各俳優たちはあっという間に自分のものにしてしまう。その勘の良さにも舌を巻く。
 堤監督は、顔合わせの日のリハーサルで俳優個々の資質を見極め、それぞれに合った演出を施した。
 「活きのいい十二人の役者の、勢い、ポテンシャルの高さ、ストレートに言うと“若さ”。それゆえの危うさ、怖さなどがびっくりするくらいいい形で撮影ができた。彼らの化学反応が想像した以上に人間ドラマになり、こんなに密度の高い演技を撮ったのは初めてだった」と堤監督は強い手応えを感じたという。
 若い俳優たちをライブのような空間に晒してビビッドな心の震えを捉えていく撮影手法が効果をあげ、今、この瞬間にしか得られない芝居が生まれた。見学に来た原作者の冲方丁ほか出版スタッフの面々は撮影現場に見入って長時間見学。映像化できないと思っていた密室サスペンスの完成度を称賛した。
 クライマックス、十二人がそれぞれの意思を表明していく場面は、飯沼プロデューサーを涙が止まらないほど感動に震えさせたほど。長年プロデュースしてきて初めての感動だったとか。