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2012年に韓国で公開された『Confession of Murder』。センセーショナルな内容と、韓国映画らしい怒涛のアクションが話題になった本作だが、その韓国で行われた完成披露試写の場に居合わせたのがROBOTの小出真佐樹プロデューサー(以下、小出P)だった。「上映が終わった瞬間、劇場がものすごい熱気に包まれたんです。プロデューサーのBilly Acumenと友人で、彼が仕上がりに自信があるということで観に行ったんです。打ち上げの席で日本リメイクの打診をするほど興奮しましたが、内容が内容だけに日本では難しいだろうとは正直思いました」(小出P)だが翌2013年、日本テレビ映画事業部が実施した「映画企画公募プロジェクト」が小出Pの目にとまる。日本テレビはワーナー・ブラザースと共に、挑戦的なサスペンスアクション『藁の楯』を発表し、ヒットに導いた実績がある。そこで公募締め切りのタイミングで企画に応募したことから、この映画は始まった。 そんな熱のこもった企画書を発掘したのは、まさにその『藁の楯』を手がけた日本テレビプロデューサー・北島直明(以下、北島P)。「とにかく設定、物語…すべてが抜群に面白かった。当時『殺人の告白』は日本では公開前で英語の字幕付きのものしかありませんでしたが、辞書で調べ調べしながら4時間かけて観ましたよ(笑)。観終わった後、すぐにこれをやりたいですと手を挙げさせてもらいました」(北島P)

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ついに動き出した本作だが、まず立ちふさがったのは“時効問題”。現在、死刑に相当する殺人事件への時効制度自体が消滅した日本においてその問題をどう描くかについて、P陣は頭を悩ませた。「これは映画だからと嘘をつくことは簡単ですが、その瞬間観客は冷めてしまうと思ったんです」(北島P)そこからは徹底的にリアリティを追求する作業が始まる。警察監修、法律監修、犯罪心理監修、報道番組監修の各専門家を招聘し、どこから突かれても説得力を崩さないプロット→脚本が練りに練られていった。それは情報が氾濫した現代において「その情報は本当に確かなものなのか?」という、メディアの根本的なあり方さえも問うような挑戦的なものになっていく。脚本は実に37稿まで重ね、その間に監督も決定。「SR サイタマノラッパー」シリーズで映画ファンの心をわしづかみにし、メジャー大作『ジョーカー・ゲーム』をヒットさせた入江 悠監督に第一オファーを出し、快諾される。途中から入江監督も参加した脚本作りは日々ブラッシュアップされ、気付けば原作映画とはいい意味で全く異なる物語になっていた。入江監督も原作を超えたいという思いが強く「やっぱり欲が出てくるというか、自分たちだったらもっと面白くできるんじゃないかって貪欲に追求しました」と語っている。結果、過去パートを95年に設定したことで、時効問題がクリアされる。「これほど準備に時間をかけたのは初めてでしたし、脚本を書けば書くほど良くなっていく実感があった」(入江)と言うようにジリジリするような駆け引きを繰り返し、約2年もの歳月を経てついに脚本が完成した。

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22年間犯人を追い続ける刑事=牧村には、職務を超えた執念をリアルに表現し、なおかつ正義の体現者であることが要求された。「『海猿』シリーズで伊藤さんの俳優としての生きざまは感じていたので、プロットの段階から牧村は伊藤さんを想定していました」(小出P)問題は突如「私が殺人犯です」と世間に名乗り出るミステリアスな男=曾根崎のキャスティング。『藁の楯』でもクレイジー過ぎる殺人犯を演じた藤原だったが、今回の曾根崎はある意味それを超える難役になり得る。「藤原さんは瞬間的に観客を引き込む熱量を持っている素晴らしい俳優さん。彼なら曾根崎という役を説得力をもって演じてくれると思い、オファーさせていただきました」(北島P)藤原と伊藤は意外にも今回が初共演。成熟した2人のトップ俳優の未知なる化学反応に期待を込めての、キャスティングが叶った。 そして超重量級の物語をガッチリと支えるその他の俳優陣も、豪華な面々。夏帆、野村周平、石橋杏奈、竜星 涼、早乙女太一といった人気も実力も急上昇中の若手俳優陣から、平田 満、岩松 了、岩城滉一、仲村トオルといった頼もしいベテラン勢までが揃った盤石の布陣は、映画ファンならずとも注目必至である。

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撮影はまず95年パートからスタート。ナイターが続き、かつ凄惨な事件現場が多く描かれるパートゆえ、いきなりヘビーな幕開けとなった。「まずこの時代をリアルに描くというのは、時代劇を撮るくらいに大変だった印象です。美術部、装飾部が一丸となって本当に細かいディテールまで作り込んでいきました」(北島P)バス停の前を当然のようにタバコを吸いながら歩く人や、現在は販売されていないジュースの自動販売機(←マニアの方からお借りした非売品!)など徹底した時代背景を描くことはもちろん、入江監督のこだわりで95年パートはすべて16㎜フィルムで撮影されている。そして伊藤は22年前の牧村の佇まいをよりリアルなものにするため最初はウエイトを絞り、現代パートに移行する際にウエイトをできるだけ増やすというアプローチに挑んだ。牧村のアパートの爆破、犯人と格闘の末、口元を無残に斬りつけられる牧村という目を覆いたくなるようなシーンが、伊藤の圧倒的な身体能力と集中力をもって次々にフィルムに刻まれていく。ここで女優魂を試されたのが里香を演じた石橋杏奈。阪神大震災で受けたトラウマのせいで情緒不安定になってしまった里香が、拓巳(野村周平)からプロポーズを受けるシーンでの号泣芝居は何度も何度もリテイク。「よくなってきた!でも言葉を聞かせようとしないでいいから。もう1回いこう」と躊躇なく告げる入江監督。カットがかかっても涙と嗚咽が止まらない石橋の芝居は、確かに目に見えて引き上げられていく。そんな里香の殺害シーンは、Hi8(ハイエイト)を使って撮影。ざらついた独特の質感が事件の非情さを逆に浮き彫りにするが、ここでも石橋は容赦ないリテイクの洗礼を受ける。何度も首を絞め上げられ倒れ込む芝居の連続。「本当に気絶してないかってヒヤヒヤするほどリアルに演じていただきました」(小出P)石橋の体を張った熱演が、牧村の22年間の凄まじい執念に見事に直結した。

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いよいよ撮影は2017年を舞台にした現代パートに突入。「1週間ごとに違う映画を撮っている感覚でした」(北島P)「撮影環境的には毎日がクライマックスシーンの連続」(小出P)と言うような目まぐるしい撮影が連日続くこととなる。都内のイベントスペースを貸し切って行われた曾根崎のサイン会シーンは、総勢1000人のエキストラを動員しての大がかりな撮影。謎めいた微笑みを浮かべながらステージ上で優雅に手を振ってみせる曾根崎に、熱狂するエキストラたち。仮にも“殺人犯”の曾根崎に目の色を変えて歓声を送る群衆たちなど荒唐無稽と思いきや、藤原の妖艶ささえ感じさせる佇まいには理屈を超えた圧倒的な魅力がある。クランクインして間もない藤原だったが、撮影の合間も静かに出番を待つ姿からは曾根崎という男に既にドップリ浸かっている空気が伝わってきた。エキストラにも(エキストラにこそというべきか)熱い演出を繰り返す監督の姿も健在。群衆の歓喜、そして突然割り込んできた暗殺者の登場に逃げ惑いパニックに陥る彼らの動きすべてに目を光らせ、逐一演出をつけていく。その熱はプロの役者に向けるものと何ら変わらない。並行して、会場外に押し寄せた曾根崎の殺人手記の発刊に反対するエキストラへの演出も行われる。「人殺し出版社」「人の不幸で金もうけするな!」などの過激な文字が躍ったプラカードを手に、叫び罵る人たちの怒号が飛び交う騒然とした現場。そんな中を年齢相応の貫禄を身にまとった伊藤=牧村が必死の形相で走り込んでくる。伊藤は自分がカメラに映っていない時も、芝居の手を緩めることは一切ない。伊藤に遠慮して道を開けようとするエキストラやギャラリーにも「大丈夫だから!逆にそこにいて!」と積極的に声をかけていく姿は、監督の演出とあいまって自然とエキストラの芝居をリアルなものにしていく。  曾根崎が初めて公の場に登場する記者会見のシーンも、徹底してリアルに作られた。「はじめまして、私が殺人犯です」そんな挨拶の後、幕がサッと下りスポットライトを浴びるというやや芝居がかった登場でありながら、集まったマスコミ陣をまっすぐに見つめる曾根崎の横顔はもはや神々しいほどの美しさに輝いている。一瞬の静寂の後、無数に浴びせられるカメラのフラッシュ音はまるで曾根崎を撃ち抜く銃声のようにも聞こえたが、あまりに現実離れした曾根崎の存在感が、逆にリアリティをもって映し出されるというマジック。この日に限らず、藤原はどんなに長ゼリフがあってもNGを出すことはない。不気味なほどに落ち着き払った物腰は、曾根崎という男の闇を感じさせるに十分だった。

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入江監督、そして藤原と伊藤。この3人を中心に現場で熱いディスカッションが繰り広げられるのも、本作の日常となった。2人のシーンが増えるほどに、藤原と伊藤は距離を縮め、時にはカメラが回っていない時に演技プランを語り合うこともあったという。「伊藤さんは非常に鋭く台本を読み解く方。常に物事とまっすぐ向き合う姿勢や発言によって気付かされることも多く、俳優としてすごく勉強になりました」(藤原)「藤原さんと共演するのを楽しみにしていましたが、実際共演してみて本当に素晴らしい俳優さんだなと。人と人の間に壁がないし、皆を盛り上げて引っ張っていく姿は頼もしかったです」(伊藤)互いをリスペクトし合う2人の思いを入江監督も真摯に受け止め、文字通り「現場でシーンを作り上げていく」作業が行われていく。それが最も顕著だったのは、曾根崎と牧村が、仙堂(仲村トオル)の報道番組に揃って出演する大変重要なシーンだろう。脚本にして19ページ以上ある長尺のシーンは、段取りだけで3時間以上が経過。少しでも疑問に思うこと、役としての生理に沿わないこと、そしてTV局の人間が大勢いる前でのシーンだけに全員の動線や動きなどを細かく詰めていく作業が、膨大な情報量とあふれんばかりの熱をもってひとつずつクリアされていく。普段はあまり表情を表に出さない入江監督だが、この密度の高いやり取りにはどことなく高揚しているようにも見える。この長いシーンを「一度、(カットを割らず)一連で撮ってみませんか?」という藤原、伊藤の大胆な提案に「やりましょうか!」と乗り気な監督。アクションも多いシーンのため、ワンシーンワンカットの仕上がりには当然なっていないが、緊張感あふれるやり取りを一連で撮影。このシーンにおけるベースとなる映像撮影に成功した。 特筆すべきは大勢のTV局員が、すべてプロの役者で揃えられたということ。「全員オーディションさせてもらい、撮影の数か月前には、映像の専門学校に通ってもらいました。それぞれの役割(カメラマン役はカメラマンの)の実技研修を受けてもらったんです」(入江) 里香の生々しい殺害映像を見せられる牧村の苦悩、初めて激しい感情を露呈させる曾根崎など息詰まるシーンが凄まじい熱量で撮影されていく中、本物のTVマン顔負けの熱演を見せる彼らにも是非注目してもらいたい。

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当初から「編集には最低でも1か月はほしい」とP陣に要望していたという入江監督。「何度もいろんなことにトライして、いろんな人たちの意見を聞きながら作っていく監督。でもそれは自分に自信がないからではなく、自分の中の答えを確信付けたいからだと思います。それほどに慎重で繊細な監督なんです」(小出P)クランクアップ後も、一般の人の街頭インタビューのカットをみずからカメラを担いで追撮したり、ダビング時に追加のセリフをアフレコしたりとギリギリまでこだわり並々ならぬ粘りを見せ続けた。P陣としては内心「このシーンは使わないのでは?」と思っていたシーンも、仕上げで見事にピタリとはめてくるなんて奇跡も多々。「大げさではなく、天才的だなと思いました。監督はすべて先を読んでいたんだなと」(北島P) 残酷なシーンが多いにもかかわらず、スタイリッシュな印象を残す音楽の力も大きい。「音=聴覚ってダイレクトに訴えてくるものなんです。首を絞める縄の音や、ナイフで刺す音、口を切り裂く音…それを全部入れていったらただただ人は不快に思ってしまう。エグいシーンは映像で十分に撮れているから、そこはあえて音を外したりと、いろいろ注文をつけさせてもらいました。観終わった後に衝撃を受けるのと、観てられないと目をそむけるのは全然意味が違うので」(北島P) 観客の緊張感を最後の最後まで保ち続けさせる主題歌には、若い世代を中心に圧倒的人気を誇るバンド“感覚ピエロ”に依頼。レーベルの運営、アートワークの作成、レコーディングのミックスやマスタリングまですべてメンバー自身が手がけることで知られる彼ら。インディーズにもかかわらず、1stMVのYouTube再生回数は100万をゆうに超え、ドラマ「ゆとりですがなにか」の主題歌に抜擢された「拝啓、いつかの君へ」は860万回以上も再生されている。今回、初の映画主題歌「疑問疑答」はメンバー全員が本作を鑑賞し、入江監督の意向を化学反応させながらの書き下ろしとなった。

c2017映画「22年目の告白 ―私が殺人犯です―」製作委員会