『イレイザー』(ジョン・クルーガー) アーノルド・シュワルツェネッガー役 玄田哲章さんインタビュー

『イレイザー』の吹替版は1999年の放送(日本テレビ「金曜ロードショー」にて。演出を手掛けたのは伊達康将)でした。もう15年前ですが記憶に残っていることはありますでしょうか?
玄田: 確実には覚えてないんですけれど、シュワちゃんが床下からぐわっと出てきてね、機関銃を両脇にかかえて豪快に撃つシーンもあって、派手な作品でしたよね。相手役の黒人女性がバネッサ・ウィリアムスで、目鼻立ちがしっかりしていて、魅力のある新鮮な人選でしたね。
女優さんでもありますが、シンガーが本業という印象が強かったですしね。
玄田: そうなんですよ。意外な相手役を選んだなあと思いました。シュワルツェネッガーはその前にも、『トータル・リコール』で共演したシャロン・ストーンを「すごくいい女優さんだ」とシルベスター・スタローンに推薦して、それでスタローンが『スペシャリスト』で起用した流れがあるんですね。そういう(新しい才能を見つける)目も鋭いんですよ。まあ、スタローンとは一緒にレストランのプラネット・ハリウッドを立ち上げたりする仲ですから、いろいろと情報交換をしてたんでしょうね。
『イレイザー』は、『ターミネーター2』や『トゥルーライズ』も経て、シュワルツェネッガーがすっかりスターになった時代の作品ですね。
玄田: もう脂が乗り切っている時代ですよね。僕自身も80年代の後半からシュワルツェネッガーの声を担当していますが、『コナン・ザ・グレート』で初めて吹き替えた時には、こんなにスターになるなんて思ってもみなかった。当時は仕事のひとつでしかなくて、存在を意識し始めたのは『コマンドー』くらいからですかね。それまでは普通に“筋肉のオッサン”だなと思っていました(笑)。
そもそも英語もそんなに話せなかった人ですよね。
玄田: そうなんです。僕も英語は分からないですけど、彼はオーストリア人で、かなり訛りが強くて、たくさんしゃべるのはキツいんだろうなと思ってました。最初の頃は、演技も上手じゃないし(笑)。『コナン・ザ・グレート』の吹替の収録で、輪を組んで大勢でしゃべるシーンがあるんですけど、彼のせりふはひと言しかなくて。自分も、彼の出番をただただ待ってるみたいな感じで(笑)。
下手だなあと思ってしまう役者さんの吹替って、その下手さも演技に残すんですか? それとも、もっと上手に見えるように吹き替えるんでしょうか?
玄田: 自分の演技がどの程度上手いかは分からないですけど、かえってB級作品の方が日本語吹替版としてやり甲斐があったりするんですよ。A級の作品はヒットして当然というか、もちろん一生懸命やりますけど、それだけの内容があらかじめ作品に備わっているわけです。B級の作品は本国でもそれほどヒットしていなくて、なおかつ日本語版でやるとなれば、「これを面白くしてやるぞ!」という意欲が湧きますよね。そういう意味では、吹き替える相手の上手い下手の問題ではないんです。日本語版を作ることで、さらに面白くしようという気持ちですよね。
「シュワルツェネッガーを演じるコツ」というものはあるんでしょうか?
玄田: いえ、僕の場合は、シチュエーションに入っていければ役作りはあんまり関係ないんです。事前にこうしよう、ああしようと考えるのではなくて、目の前の状況に集中すれば、演技も自然にできてくる感じですね。シュワちゃんの歩んできた道のりを見ているとね、やっぱり作品や監督と良い出会いをして、そこに俳優としての自分を合わせることでプラスαを生み出しているんですよ。
『トータル・リコール』や『プレデター』にはリメイク版がありますけど、スクリーンでのシュワちゃんの存在感はやっぱりすごいんです。違う俳優がやるとちょっと物足りない。もちろん、みんなオリジナルを超えてやろうと思って作ってるんでしょうけど、やっぱりシュワルツェネッガーの存在感で作品が成立しているところがあります。彼は『エクスペンダブルズ』など、主役じゃない仕事も一生懸命やってますけど、やっぱり主役の方が面白いですよね。スターなんだなと思います。
スターの輝きを最初に感じたのは、やはり『コマンドー』だったんですか?
玄田: 『コマンドー』の頃から光ってました。スターとしてのポジションを確立したのは『ターミネーター2』だったんでしょうけど。あと『トゥルーライズ』はシュワちゃん版の“007映画”ですよね。あれはやっぱり続編を作って欲しかった。「『2』をやる予定がある」という情報が入ってきて、期待していました。すごいことになっていた気がするだけに、もったいないです。
意外にもシュワルツェネッガーは、『ターミネーター』以外の主演シリーズがないんですよね。
玄田: そうなんです。でも、1本1本でそれなりの評価が打ち出せているし、常に挑戦してるな、とは感じています。
シュワルツェネッガーの代え難い魅力、存在感を解説していただけますか?
玄田: ホントに、彼の代わりはいないじゃないですか。イケメンでもないし、ただ肉体がガッチリしてるだけで、それほど身長も高くない(公称は188cm)。芝居もそれほど上手くないというか、演技賞を獲ったりはしませんよ(笑)。でも彼の頭のいいところは、特にキャリアの初期では監督のこうしろ、ああしろというのには逆らわず言う通りにして、自分の魅力を引き出してもらえるのを懸命に待っていたことですよ。
『ツインズ』(『ゴーストバスターズ』のアイバン・ライトマン監督作)で、それまでのアクション路線じゃなくてコメディにチャレンジしたでしょう。そうしたら、スタローンがライバル心を燃やしてね(笑)。「アイツがコメディで当たるんだったら、オレにできないわけがない」って何作かコメディをやるわけですよ。僕も『刑事ジョー ママにお手上げ』でスタローンの吹替(TV放送版)をやりましたけど(笑)、でも、やっぱりシュワルツェネッガーのコメディ路線には及ばなかった。
『ジュニア』(シュワは、ゴールデン・グローブ賞コメディ/ミュージカル部門で主演男優賞にノミネート!)や『ジングル・オール・ザ・ウェイ』もやっぱり面白かったですし。自分で初プロデュースした『ラスト・アクション・ヒーロー』は悪評を買っていましたが、僕には充分に面白かったですけどね。当時は「なんで叩かれたんだろう?」と思っていました。
玄田さんは、シュワルツェネッガーとスタローンのどちらの吹替経験もあるわけですが、ふたりの違いは何でしょうか?
玄田: そうですねえ。僕の中ではスタローンのほうがより直接的というか、演技もしゃべり方もシャープというんでしょうか。シュワちゃんのほうが、もう少しねっとり感があって、その辺は少し分けて演じています。少しのことなんですけど……言葉ではちょっと表現が難しいですね。
多くのシュワ作品を担当されてきて、シュワルツェネッガーの声をアテる面白さって何でしょうか?
玄田: やっぱり彼は“期待させる人”なんですよ。州知事をずっとやっていて、また映画界に復帰しましたよね。ずっと政治路線で行くものだと思っていただけに、「あの年代でまた戻ってくるのか! また挑戦するのか!」と思ったんです。そうして復帰作の『ラストスタンド』を観たら、今では無敵の超人みたいなイメージだったのが、より等身大のキャラクターに変わっていた。人はいろんなことを経験して少なからず成長していくわけで、そういう人生観は演技にも出てくるんです。セリフのひとつひとつにも、どう自分が生きてきたかというのが必ず出ます。『ラストスタンド』のシュワちゃんは好感が持てるというかね……いい年の取り方をしてますよね。しかも新しいことにチャレンジして、情熱を持って映画作りに挑戦してるのが伝わってきましたよ。
最近はスタローンと一緒にいることがすごく多いですよね。『エクスペンダブルズ』で共演していることはもちろんですが、それ以外の場所でも。
玄田: そこは長年の付き合いで、断れないんだと思いますよ(笑)。シュワちゃんの隠し子スキャンダルの時には、スタローンが車でスタンバイして、逃げるのを手伝ったりしてるくらいの仲ですから。
『イレイザー』に話しを戻します。本作では、ジェームズ・コバーンの役を小林清志さん、バネッサ・ウィリアムスが唐沢潤さんでした。収録で覚えていらっしゃることは?
玄田: 小林清志さんは、当時から御大でしたから。ただ、一生懸命やっている自分がいたというだけでした(笑)。
大ベテランとの共演は緊張するものなんでしょうか? それとも安心するものですか?
玄田: 両方ありますね。安定感、安心感で包んでくれるというか、上手にキャッチボールをやってくれる感じはあります。演じやすいですし、勉強になりますよ。向こうがどう思っていらっしゃるかは、分かりませんけど(笑)。
『イレイザー』では、ジェームズ・カーン(『ゴッドファーザー』のソニー、『ローラーボール』のジョナサンなど、70年代に活躍した米国の俳優)ほどの大物が、シュワルツェネッガーの敵役だという驚きもありました。
玄田: そうですよね。『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』の敵役にメル・ギブソンを持ってくるのと一緒で、よく連れてこられたなと思うんですけど、そういう大物や名優のアップっていいんですよね!長年主役を張ってきたキャリアをシワに焼き付けたような表情といいますか、普通じゃ出せないですよ、あんな表情は。
シュワルツェネッガーの作品で、お気に入りを挙げてもらえますか?
玄田: いっぱいありますよ。『ターミネーター2』はもちろんですけど、最近『コマンドー』の日本語吹替版が話題になって、あれだけ「吹替版がすごい!」と煽っていただけると、嬉しくなってつい「名作だったな」と思ってしまったり(笑)。CGや3Dが発達する前だった『トータル・リコール』のアナログ感、手作りの面白さも外せません。あと、先程も話した「2」ができなかった『トゥルーライズ』。あれはもう1作は観たかった。コメディも忘れられませんね。アクションだけじゃない、ほんわかした作品も好きなんです。
コメディ作品で特にお好きなものは?
玄田: やはり『ジュニア』です。お父さん子供産んじゃったよ、みたいなね(笑)。あの妊婦姿には笑っちゃいました。そんなに器用な俳優ではないと思うんですが、シリアスとコメディの両極端ができてしまうのも彼の魅力ですね。
もしシュワ作品で続編があれば、やっぱり演じたいのは『トゥルーライズ』ですか?
玄田: 『トゥルーライズ』の続編は観たかったなあ。『ターミネーター5』をシュワちゃんで撮ったと聞いてますけど、どういう登場の仕方なのかまだ知らないんですよ。『ターミネーター4』では、顔だけ出てるんですよね、合成で。公開直前までその情報は隠されていたんですが、もしひと言でもしゃべってくれていればこっちも仕事になったのに!(笑) でも、「5」ではしゃべってるはずですから、完成が待ち遠しいです(笑)。
本人が復帰して、また声をアテる機会が増えましたよね?
玄田: ええ。つい先日も『サボタージュ』という新作を録ったんです。妻と子供を殺されて、その復讐をするという話で、少し『ハンニバル』のような猟奇的な雰囲気もある映画なんですが、シュワちゃんは60代も後半になって、彼の年齢になりに毅然とした良い芝居をしていました。もう上手い下手じゃなくて、自然体が備わってきたので、今後の演技が楽しみなんですよ。年齢的にはアクションばかりはやっていられないだろうし、できたとしても、あと3年までじゃないでしょうか。でも、精神面が強くなった分、また新しい魅力を見せてくれると思います。
いまやシュワルツェネッガーの声に関しては“本人公認”ということだと伺いましたが。
玄田: いえ、自分では公認とは思ってはいません。ただ、自分が責任を持って担当できるなら、それでいいとは思ってますけれど。
でも、カリフォルニア州知事としてシュワルツェネッガーがキャンペーン映像を作ったときに、玄田さんが公認になったと世間では言われていますね。
玄田: そうなんですか?(笑) 僕は全然そうは思ってなくて、託されたという記憶もないんだけどなあ……。
来日時に舞台挨拶をご覧になったことがあるそうですね。
玄田: 見に行きましたね。東京国際映画祭で『シックス・デイ』を上映した時かな(2000年開催の第13回東京国際映画祭。同作がオープニング作品だった)。シュワちゃんが舞台挨拶でしゃべると聞いて、ちょっと見てみようと思って、一般の人たちと3時間くらい並んだんじゃないかな。確か彼の到着が4、50分遅れて、こちらはその後芝居を観に行かなくてはいけなくて、雨の中急いで向かった記憶があります。あの時に初めてシュワちゃんを生で見ました。
ナマのシュワルツェネッガーはいかがでした?
玄田: 座席が遠かったですからねえ(笑)。4、5列目だったらよかったんですけど。まあ、小さくはないけど、身長も170ちょっとで、意外に普通だなと思いました。それがシュワルツェネッガーと再も接近した瞬間です。ほかにも、すれ違ったことはあるんですけど。
え!? すれ違ったんですか?
玄田: テレビ局でね。州知事だった頃にシュワちゃんが来日して、彼がいろいろ取材を受けたんです。その吹替をニュース番組用に僕の声で収録したんですよ。録音はもう大急ぎでしないといけないんだけど、本人がしゃべりすぎて夜11時のニュースに間に合わない(笑)。結局半分くらいしか終わらなくて、半分は原音、半分は日本語吹替という感じになりました。政治家だからよくしゃべるんですよ。
『ジュニア』や『ツインズ』のアイバン・ライトマン監督の息子のジェイソン・ライトマンが、いまや『JUNO/ジュノ』や『マイレージ、マイライフ』でアカデミー賞にノミネートにされる第一線の映画監督なのですが、「子供の頃から身近にシュワルツェネッガーがいる環境で育ったから、不可能なんてないと信じて大人になれた」と話しているんですよ。
玄田: シュワちゃんの経歴を見ると、本当にすごいですよね。彼は映画業界に何のツテもないままハリウッドに来たわけですから。しかも言葉も上手くしゃべれないのに。やっぱりアタマがいいんですよ。筋肉の印象が強いですけど、実は頭脳の人なんですよね。そこは侮っちゃいけないですよ(笑)。
最後に、『イレイザー』のテレビ版吹替を待っていた方にメッセージをお願いします。
玄田: この時代は、ちょうど彼が脂が乗り切っていた時代の1本で、とにかく力がある映画ですから、ぜひ堪能していただきたいです。実は僕自身は、あの時期はあんまり元気じゃなかったんですけど(笑)。仕事への意欲は変わらなくても、だんだん肉体は衰えるものだなと感じることが多くて。でもシュワちゃんとは年齢もひとつ違うだけだし(玄田は1948年生まれの現在66歳、シュワは1つ年上になる)、負けてはいられません。結局長く付き合えていますよね、自分の身体ともシュワちゃんとも(笑)。

取材・文:村山 章/協力:フィールドワークス